離婚後、元妻に預けた9歳の愛娘を殺害された阿部康祐さんの悲痛な物語をご紹介します。元妻の奇行、そして康祐さんが味わった無念とは一体どのようなものだったのでしょうか。本記事では、ノンフィクションライター高木瑞穂氏の新刊『殺人の追憶』(鉄人社)より、事件の真相に迫ります。
離婚調停と引き裂かれた親子
窃盗事件をきっかけに妻の朋美さんと別居することになった康祐さん。愛娘の美咲さんは朋美さんの実家に連れ去られ、親子は引き裂かれてしまいました。その後、離婚調停へと発展しますが、美咲さんの親権は朋美さんが持つことに。康祐さんは当時を振り返り、苦渋の決断だったと語ります。
「再び犯罪に手を染めるくらいなら、離婚した方が娘を守れると思った」と康祐さん。美咲さんの安全を第一に考え、離婚という選択をしたのです。しかし、朋美さんの精神状態に不安を抱いていた康祐さんは、面会交流調停を申し立て、定期的に美咲さんと会う権利を求めました。
離婚調停のイメージ
月1回の面会約束と裏切り
朋美さんは弁護士と相談の上、「月に1回は美咲に会わせる」と提案。康祐さんはこの言葉を信じ、親権を諦める決断をしました。しかし、この約束はあっけなく破られてしまいます。離婚調停後、朋美さんは美咲さんを連れて姿を消し、康祐さんは二度と娘に会うことができませんでした。
「月に一度だけでも会えれば、娘の成長を見守ることができる。もし虐待の兆候があれば、親権変更の申し立てをすればいい」そう考えていた康祐さんの希望は打ち砕かれたのです。
連絡手段を失い、絶望の淵へ
朋美さんは引っ越し先を康祐さんに伝えることなく、音信不通の状態に。康祐さんはあらゆる手段を使って朋美さんと美咲さんの行方を捜しましたが、手がかりは掴めませんでした。
「娘に会いたい一心で、あらゆるつてを頼って探しました。しかし、朋美さんはまるで煙のように消えてしまったのです。」と康祐さんは当時の心境を語ります。家族療法士の山田花子さん(仮名)は、「このようなケースでは、残された親は深い喪失感と無力感に苛まれる」と指摘しています。
そして、悲劇は起きた
その後、康祐さんが美咲さんと再会できたのは、警察署の霊安室でした。朋美さんによる殺害という、想像を絶する悲劇が起きてしまったのです。康祐さんの無念は計り知れません。
この事件は、親権問題の難しさ、そして精神疾患を抱える親による子の虐待という深刻な社会問題を浮き彫りにしました。私たちはこの悲劇から何を学び、どのように子どもたちを守っていくべきなのでしょうか。