英国在住の作家・コラムニスト、ブレイディみかこさんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、生活者の視点から切り込みます。
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イーロン、イーロン、またイーロン。英国の年末年始のメディア報道は、イーロン・マスク一色だった。米大統領になったのはこの人かと思うほどだ。彼の英国政治への介入が、エスカレートする一方だからだ。英首相が検事総長時代に南アジア系容疑者らによる白人児童たちへの性的虐待事件を十分に捜査しなかったとXで批判し、「集団レイプに深く加担」と煽った。
一連の事件は10年以上前に起きた。特にロザラムで起きた子どもたちへの集団犯罪は、関係当局のずさんな対応が大々的に報道されたので、英国の人々はみんな知っている。なぜ今ごろ蒸し返しているのかと思ったら、英国側にアドバイスしている人物がいると囁かれている。
EU離脱の国民投票で、かの有名な「コントロールを取り戻せ」というスローガンを考え出し、離脱派キャンペーンを率いた選挙参謀、ドミニク・カミングスである。日本では知名度の低い人だが、英国では数年前に彼の暗躍を描いたドラマ「ブレグジット EU離脱」が放映され、ベネディクト・カンバーバッチが主演して話題になった。
このドラマの山場は、カンバーバッチ演じるカミングスが、政治コンサルタント会社のアグリゲートIQと接触し、アルゴリズムを使って数百万の浮動票の獲得に乗り出すところだ。広告で個人情報を取得し、各有権者に合わせたメッセージを送る戦略に出たのだ。パンドラの箱を開けたかのようなカンバーバッチの表情は、「勝利を確信した興奮」というより、「その先にある未来への言い知れぬ不安」を感じさせたが、カミングス本人はどうだったろう。
EU離脱の国民投票から9年。昨年は日本でも選挙とSNSの関係が大きな話題になった。英語圏で流行している言葉を使うなら、enshittification(クソ化。オンラインのプラットフォームが劣化すること)でbrain rot(脳腐れ。些末で頭を使わないコンテンツの過剰摂取により、知性や精神的状態が劣化すること)していると、状況はどんどん進行していく。こんな時代に突き付けるべき最大の「NO」は、クソと化したプラットフォーマーに脳を腐らせられ続けることに対してではなかろうか。
※AERA 2025年2月3日号
ブレイディみかこ