すべての問題は「善悪の物語」として収れんしていく――。中居正広氏の一連の問題でフジテレビの社長と会長が辞任に追い込まれ、「週刊文春」報道の「一部訂正」が波紋を呼んでいる。かたや斎藤元彦兵庫県知事の疑惑は収まらず、混乱が続く。それらの背景にあるのは「事実の液状化」と「解釈の乱立」だという。SNS全盛時代に世界で同時多発的に起こる現象の真因は何か、作家の橘玲氏が鋭く分析する。
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いま隣国の韓国で奇妙な現象が起きています。
非常戒厳令を宣布したことで国内を大混乱に陥れた尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の身柄が拘束されましたが、その後なぜか与党の支持率が上昇し、「大統領はじつは被害者だった」とする支持者が逮捕状を出した裁判所を襲撃したのです。
韓国で起きていることは、2021年に米大統領選の結果を否定し、「選挙を取り戻せ」と連呼して米連邦議会議事堂に乱入したトランプ支持者や、県職員の内部告発を否定し自殺させたとしてメディアでバッシングされた兵庫県知事が、既得権者の陰謀にはめられた「犠牲者」として復活し、出直し知事選で予想外の当選をはたしたこととよく似ています。世界では同時多発的に、同じようなことが起きているのです。
私は「リベラル化」を「自分らしく生きることは素晴らしい」という価値観だと定義しています。これはもちろん素晴らしいことですが、すべての人が「自分らしさ」を追求すればあちこちで利害が対立し、社会はますます複雑になっていくでしょう。『DD(どっちもどっち)論』(集英社)では、現代社会で起きている問題のほとんどは、対立する当事者双方になんらかの正義がある「DD(どっちもどっち)」で、どちらが正しいかを容易に決めることができないと指摘しました。
それにもかかわらず、ひとびとが求めるのはシンプルな「善悪二元論」のストーリーです。脳には認知資源の限界があり、複雑なことを複雑なままに考えることは不快です。自分を善(正義)、相手を悪とする単純な物語は認知資源を使わずにすむし、脳科学では、ルールに違反した者を罰するとドーパミンが放出され、大きな快感を覚えることがわかっています。「正義は最強のエンターテインメント」なのです。
しかし、社会が複雑である以上、単純な「善悪二元論」は必ずどこかで破綻してしまいます。そうなると、自分が間違っていたことを認めなくてはならず、さらに大きな不快感が生じます。そのときのもっとも簡単な解決法は、「やっぱり自分が正しい」という自己正当化の物語をつくり出すことです。
2016年にトランプが大統領に当選したとき、支持者たちはこれで世界が変わると熱狂しました。ところが、いつまでたっても期待していたような社会の変革は起きない。これは心理学でいう「認知的不協和」で、それを解消するために、「トランプはアメリカを変えようとしているのに、そうならないのは“悪の組織=ディープステイト”が阻んでいるからだ」というQアノンの陰謀論が広がりました。こうしてトランプの支持者たちが連邦議会議事堂を占拠し、警官ら5名が死亡する事態になったのです。