安倍晋三元首相を見出しで褒め称えてきた雑誌がある。保守系雑誌として知られる月刊『Hanada』だ。この雑誌を立ち上げた花田紀凱編集長は、かつて週刊文春の編集長を務め、タカ派の論調で売り上げを伸ばした。82歳になった稀代の編集長は、今日も雑誌の表紙を強烈な見出しで飾る。
【写真】月刊『Hanada』の編集長を務める花田紀凱氏。世間から右翼風に見られていることを不本意に感じているという
なぜ『Hanada』はこれほどイデオロギーを前面に押し出すのか。編集部内ではどんなやり取りがあるのか。『「“右翼”雑誌」の舞台裏』(星海社)の著者で、花田編集長のもとで約13年働いた編集者の梶原麻衣子氏に聞いた。(聞き手:長野光、ビデオジャーナリスト)
──月刊『WiLL』と、そこから分離してできた月刊『Hanada』について書かれています。どのようにしてこうした保守系雑誌に関わるようになったのでしょうか?
梶原麻衣子氏(以下、梶原):『WiLL』は2004年11月にワックという出版社から創刊号が出た雑誌です。ワックは、書籍と自衛隊関係の映像を作っている会社で、社長の鈴木隆一さんと花田編集長はそれ以前からの知り合いでした。
花田さんは文藝春秋を退社した後に朝日新聞に行き、角川書店に行き、宣伝会議に行き、そこを離れた後にワックの鈴木社長から「保守雑誌を作りたい」と声をかけられ『WiLL』の立ち上げに至りました。「文藝春秋を目指す」というのが2人の目標でした。
その頃の私は社会人2年目のシステムエンジニア(SE)でした。もともと保守系雑誌を好んで読んでいましたが、『WiLL』という新しい雑誌が出たと知り、4号目から読み始め、それまで読んでいた『諸君!』や『正論』より若者向けで、自分にぴったりだと感じていました。
やがて花田編集長が「マスコミの学校」を始めました。これは宣伝会議で花田さんが手がけていたライター育成講座をワックに移ってから再開したものです。
私はその頃、この先もSEを続けていくべきか悩んでいました。語学の勉強と仕事がセットでできる、パソコン系の会社が運営する中国留学研修プログラムがあり、そこに参加することも考えていましたが、『WiLL』に掲載されたライター育成講座を見て、半年1期なのでそれを受けてから進路を決めることにしたのです。
講座の募集は他の雑誌にも掲載されていたらしく、そちらを見て来た人がほとんどで、『WiLL』が好きというより、マスコミの仕事に興味がある人が集まっていました。ですから、行ってみたら私が最右翼でした。講座の中では、企画を出して文章を書く課題も出るのですが、私が書く内容も右寄りでした。
ちょうど講座が終わるタイミングで『WiLL』編集部に1人欠員が出て、「君どう?」「右寄りだしいいんじゃない?」と声をかけていただきました。こうして『WiLL』編集部に入ったのが2005年11月のことです。
編集部内でも「すごい右翼が来るらしいよ」と少し話題になっていたみたいで、入ってみたら、そこでも私が最右翼でした。当時の『WiLL』の編集部がなぜそれほど右寄りではなかったかというと、花田さんが他の雑誌や先のライター養成講座の受講生から連れてきたメンバーで構成していたからで、思想的に集まった人たちではなかったからです。