文科省の諮問機関である中央教育審議会の作業部会が「デジタル教科書」を正式な教科書として認める方針を示した。デジタル教科書は現在、紙の教科書の「代替教材」という位置付けだが、次期学習指導要領が実施される2030年度をめどに正式な教科書として導入される見込みだ。この文科省の方針を「拙速」として真っ向から反対するのが東京大学大学院教授で言語脳科学者の酒井邦嘉氏だ。酒井氏によるとタブレットなどでの学習は記憶に定着しづらく、学力が落ちる危険性があるという。2回に分けてインタビューを掲載する。
【図】デジタル教科書は本当に効果があるのか?メリット・デメリットを整理すると・・・
(湯浅大輝:フリージャーナリスト)
■ 「ペンはキーボードより強し」
──文科省はデジタル教育を紙の教科書と同等の地位に引き上げる方針を示しています。すでに24年度時点で小学校5年生から中学校3年生まで導入が進み、英語はすべて、算数・数学は6割ほどの学校にデジタル教科書を提供しており、現場では活用が進んでいます。酒井さんは「ペンはキーボードよりも強し」という観点から、デジタル教科書の導入に反対の立場です。なぜでしょうか。
酒井邦嘉・東京大学大学院総合文化研究科教授(以下、敬称略):「紙とペン」の方が「タブレットとキーボード」よりも、記憶の定着率が高い、というエビデンスが確認できるからです。
私はNTTデータ経営研究所と日本能率協会と共同で、「紙の手帳にペンで予定を記入するのと、タブレットにタッチペン(紙とペンと同サイズ)、スマホと指のフリックで記入するのでは、どれがより記憶や脳活動を高めるか」という研究*1
を2021年に報告しました。 18〜29歳を3つのグループ(各16人)に分け「2月13日(火)10:30からドイツ語の授業、20日(火)までにレポートの提出」「2月19日(月)10時に図書館で参考書受け取り」「2月23日(金)までに統計学レポートの締め切り」などの予定をそれぞれのメディアに記入してもらいました。
その1時間後、「レポートの締め切りが早い課題は何?」といった質問を3グループに投げかけたところ、平均正答率は群間の差がなかったものの、やさしい問題については「紙とペン群」がもっとも正確に解答しました。さらにメモを取る時間を比べると、「紙とペン群」がもっとも速いという結果が明らかになったのです。
なぜ紙とペンで書いた方が速く、正確に予定を思い出すことができたのか。脳活動の仕組みにその答えがあります。この実験では予定を思い出す際に3グループの参加者すべてに磁気共鳴画像装置(MRI)の中で解答してもらったのですが、言語処理に関連した左前頭葉の一部、記憶処理に関係する海馬、視覚を司る後頭葉などの領域でどのグループよりも活動量が多かったのは「紙とペン群」なのです。
──なぜ「紙とペン」の方が記憶の定着に有利なのでしょうか。