1990年代前半、J-POPシーンを彩ったシンガーソングライター、東野純直さん。爽やかな歌声と「君は僕の勇気」のヒットで一世を風靡した彼が、ラーメン店経営を経て、今新たな人生を歩んでいます。華やかな世界から一転、実業家としても成功を収めた東野さんの波乱万丈な人生と、その先に描く夢とは?今回は、8000万円の印税からラーメン店経営、そして現在の生活まで、東野さんの軌跡を辿ります。
8000万円の印税と若き日の苦労
1993年、デビュー曲「君とピアノと」に続き、2ndシングル「君は僕の勇気」が大ヒット。シンガーソングライターとして作詞作曲も手掛けた東野さんは、デビュー初年度に8000万円もの印税を得ることになりました。
「ATMで残高を確認したら700万円も入っていて、バグだと思いました」と当時を振り返る東野さん。突然の大金に戸惑いながらも、すぐに母親に数十万円を送金したというエピソードからも、彼の家族思いな一面が伺えます。
しかし、若くして大金を手にしたことで、浪費癖がついてしまい、税金の支払いに苦労した経験も。この経験が、後のラーメン店経営で経費削減にこだわるきっかけとなったそうです。
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ラーメン店経営で年商1800万円を達成!
音楽活動と並行してラーメン店経営に挑戦した東野さん。経営手腕を発揮し、最盛期には年商1800万円を達成するほどの成功を収めました。
「20代の頃の失敗から学び、経費削減に注力しました」と語る東野さん。厳しい経営環境の中でも、着実に成果を上げていく姿は、まさに「人生の成功者」と言えるでしょう。
飲食業界専門誌「フードビジネスマガジン」編集長の佐藤一郎氏(仮名)も、「芸能活動で培った知名度だけでなく、確かな経営戦略と努力が成功の秘訣でしょう」と分析しています。
埼玉・川越での新たな生活
ラーメン店を閉じた後、東野さんは音楽活動の拠点として埼玉県川越にスタジオ付きの事務所を構えました。“小江戸”と呼ばれる川越は、亡き母親の憧れの地だったそうで、この地で新たなスタートを切ることには特別な思いがあるようです。
「静かで空気もきれいで、とても気に入っています」と語る東野さん。関越自動車道と圏央道へのアクセスも良く、ツアー移動にも便利な川越は、彼にとって理想的な場所のようです。
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東野純直のこれから、そして夢
印税8000万円、ラーメン店経営、そして川越での新生活。様々な経験を経て、東野さんは今、何を思い、どんな未来を描いているのでしょうか?
「音楽活動を続けながら、新たな挑戦もしていきたい」と語る東野さん。その言葉には、過去の成功や失敗を糧に、未来へ向かって力強く歩んでいく決意が込められているように感じられます。
今後の東野さんの活躍に、ますます期待が高まります。