「写真を撮らせてください」
「2階はどういう風になっているんですか」
手塚治虫らが住んだアパート「トキワ荘」の跡地から徒歩13分ほど離れた西武池袋線東長崎駅。警視庁目白署東長崎駅前交番には、通常の交番とは違う目的の人々がやってくる。理由は、その外観がトキワ荘そのものだから。跡地近くで建設が進む復元施設とは別に、今年3月にお目見えした“もう一つのトキワ荘”が、この交番だ。
「中は普通の交番の機能と全く同じです。2階は休憩室だけですね」。目白署の坂井明徳副署長(53)は、そう説明する。
「跡地の近くにトキワ荘ができるんだったら、駅前の交番は、『こち亀』(「こちら葛飾区亀有公園前派出所」)のような漫画チックなものになればいいな、という話をしていたんですよ」
交番が立地する南長崎5丁目の町内会長、西條敬子さん(76)は、このユニークな交番ができたきっかけをそう明かす。町会と商店会は5年ほど前から、駅前の公衆トイレなどの環境改善を区に求めていたが、なかなか進まなかった。そこへ、駅前スーパー「西友」のリニューアルと、それに伴う交番移転の話が出て、西條さんらは交番を「漫画チック」にする要望を区に出した。
区によると、要望は高野之夫区長の耳に届き、「跡地とは少し離れているが、電車を降りた人がトキワ荘を感じられるように」とトキワ荘交番の案が浮上。平成29年度に区長と担当者が警視庁に赴いて伝え、実現の運びとなった。
この交番に勤務しているお巡りさんは、どんなことを感じているのだろうか。坂井副署長に頼んで“住人”の声を聞いてもらった。
「以前より、話しかけてくれる人が増えた。住民との距離が近くなったと感じる」「パトロールで『トキワ荘交番から来ました』と言うと、皆さん知っているので、会話がしやすくなった」
トキワ荘の実物を知っているという年配者は、「こんな感じだったね」と懐かしんだという。また、40代の男性は、こう語りかけた。「漫画家を目指していたんですが、途中で諦めました。目指した原点を見られてよかったです。これからトキワ荘に関連する場所を訪ねてみます」
坂井副署長は「交番が地域に溶け込んでいるのは非常にいいことで、仕事もやりやすくなるだろう」と話す。立ち止まって眺めたくなる交番は、トキワ荘がこの地域にもたらした財産の一つだ。(鵜野光博)