ドイツが憲法に相当する基本法を改正し、防衛支出の長期的かつ大幅な拡大を可能にしました。冷戦終結後縮小を続けてきたドイツ軍は、「再軍備」へと大きく舵を切ることになります。この「国防の大転換」(キリスト教民主同盟メルツ党首)の背景には、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻と、トランプ前米大統領の欧州安全保障への関与後退という、2つの大きな影が浮かび上がっています。世界第3位の経済大国であるドイツが、これまで固く閉ざしてきた国庫の扉を開いたのです。
財政均衡重視から一転、無制限の借り入れへ
財政均衡を重視し、2024年時点で債務残高がGDP比63%(日本の約4分の1)と財政余力を持つドイツ。今後は防衛費を厳格な債務抑制ルールから外し、無制限の借り入れを可能とします。この方針転換は、ロシアのウクライナ侵攻だけでなく、これまで安全保障を委ねてきた米国への不信感の急速な高まりが背景にあります。次期首相の座が確実視されるメルツ氏は、連邦議会で「これまで抱いてきた安心感は誤りだった」と訴え、現状の安全保障体制に根本的な疑義を呈しました。
ドイツ軍戦闘機ユーロファイターの操縦席に座るキリスト教民主同盟(CDU)のメルツ党首
米国への不信感増大、対米依存からの脱却
2月のミュンヘン安全保障会議でのペンス前米副大統領(当時)の演説は、欧州主流派への批判を露わにし、価値観の根本的な違いを浮き彫りにしました。さらに、トランプ前大統領がゼレンスキー・ウクライナ大統領を侮辱する様子が報じられると、ドイツ国内では対米依存からの脱却が「一刻の猶予も許さない」(ピストリウス国防相)という声が広がりました。
縮小の一途をたどった30年
第二次世界大戦後、ドイツの「封じ込め」は西側社会の戦後秩序における重要な課題でした。敗戦により独軍は解体されましたが、冷戦激化の中でNATOに組み込まれる形で再出発を許されました。1990年の東西ドイツ統一後、平和主義が定着したドイツ社会において、軍隊は肩身の狭い存在でした。防衛支出は1992年以降NATO目標値(GDP比2%)を下回り続け、目標達成はロシアのウクライナ侵攻後の2024年まで待つことになります。この30年間、ドイツの軍備は縮小の一途をたどってきたのです。
再軍備への道のり:財源確保の先にある課題
財源確保は再軍備への第一歩に過ぎません。弾薬や防空装備の不足に加え、数万人規模の兵士不足も深刻な問題です。発足が間近に迫る新政権は、2011年に停止した徴兵制復活の議論を避けて通れないでしょう。
核保有の可能性も?揺らぐ安全保障
米国の「核の傘」への信頼も揺らぎ、ドイツメディアでは核保有の可能性まで議論され始めています。フランスのマクロン大統領は自国の核抑止力拡大を構想していますが、軍事史専門家のポツダム大学ナイツェル教授は、ドイツ誌シュピーゲルで「フランスで極右が政権を握った場合、ドイツは独自に核兵器を持つしかなくなる」と述べています。
国民的人気を誇るピストリウス国防相は「我々は戦争に備えなければならない」と繰り返し訴えています。かつては激しい反発を招いたであろうこの発言も、社会の雰囲気の変化とともに受け入れられつつあります。ドイツは今、大きな転換期を迎えていると言えるでしょう。