日本に暮らす中国人は増加の一途を辿り、2024年末には約87万人と、2000年の約2.6倍に達しました。これまで「在日中国人」と一括りにされてきた彼らですが、来日した時期や目的、世代によって大きな違いがあります。近年、新たな潮流となっている「新・新華僑」とは一体どんな人たちなのでしょうか。本記事では、在日華僑社会の変遷を辿りながら、その実態に迫ります。
改革開放を機に来日した「新華僑」とその背景
高田馬場駅前には、中国人向け予備校の看板が目立つ
近年、在日中国人は経済力や大学留学生の増加、あるいは犯罪統計など、様々な側面から注目を集めています。本記事では、横浜中華街や神戸南京町などを築き上げてきた古くからの「老華僑」を除き、1978年の中国の改革開放以降に来日した「新華僑」と、さらに近年の「新・新華僑」に焦点を当て、その特徴や違いを考察していきます。
改革開放初期に来日した人々は、主に国費留学生を中心とした30代以上の理系エリートでした。その後、1980年代には文系を含む20代の留学生も増加。多くは留学後に帰国しましたが、一部は日本に残り「新華僑」となりました。例えば、私の知人である中国人女性は、1985年に夫の留学を機に来日し、自身も日本の大学で学び、40年間日本に住んでいます。彼女の周囲にも同世代の「新華僑」が多く、現在60代半ばから後半で、既に引退生活を送る人もいます。
池袋の中国人向け食材店
当時の日中間の経済格差は大きく、中国のエリート層であっても、来日当初は肉体労働などのアルバイトで生計を立てていました。彼らは日本語習得に励み、日本人社会に溶け込む努力を重ね、日本で一定の地位を築いてきました。両親が他界し中国との繋がりが薄れたことや、生活基盤が日本にあることから、日本に永住することを決意し、日本国籍を取得した人もいます。
増加する私費留学生と出稼ぎ労働者
在日中国人数の推移
1990年代から2000年代にかけては、私費留学生が急増する一方、出稼ぎ目的の中国人労働者も大幅に増加しました。現在、彼らは40代~50代の働き盛りとなっています。労働者層を除けば、多くは20代で来日し、日本の大学などで学び、日本語も堪能です。当時の在日中国人は数が少なく、日本人との交流なしでは生活が難しかったため、日本の社会ルールや習慣をよく理解しています。日本で育った彼らの子供たち(二世)は、日本語ネイティブである場合が多いです。在日中国人の約3分の1にあたる約27万人が東京都に居住していますが、この世代は埼玉県、神奈川県、千葉県など首都圏へと居住地を広げています。埼玉県川口市の「芝園団地」の住民の半数が中国人であることはよく知られています。