アントニオ猪木。カリスマ性と数々の伝説で、今もなお多くのファンを魅了するプロレス界の巨人。その中でも特に有名なのが、1973年に起きた「新宿伊勢丹襲撃事件」。タイガー・ジェット・シンによる突然の襲撃は、当時大きな話題を呼び、様々な憶測を呼んだ。今回は、猪木の実弟である猪木啓介氏の著書『兄 私だけが知るアントニオ猪木』を元に、事件の真相に迫ります。あの日、新宿伊勢丹前で一体何が起こったのか? 長年謎に包まれていた事件の背景、そして知られざる人間ドラマを紐解いていきましょう。
新宿伊勢丹襲撃事件:3つの疑問
タイガー・ジェット・シンによる猪木襲撃は、多くの謎を残しました。中でも特に注目されたのが以下の3点です。
なぜ伊勢丹前だったのか?
シンが猪木を襲撃した場所は、偶然にも新宿伊勢丹前でした。待ち合わせ場所でもなく、特に意味のある場所とは思えません。なぜ、あの場所で襲撃が行われたのでしょうか? 啓介氏の証言によると、これは全くの偶然だったとのこと。シンは猪木を尾行しており、たまたま伊勢丹前で猪木がタクシーを降りた瞬間に襲撃したというのです。
なぜマスコミがいない?
これほどの大事件にも関わらず、現場にはマスコミの姿がありませんでした。仕組まれたものであれば、当然マスコミに情報をリークし、大々的に報道するのがセオリーです。しかし、実際には目撃者の通報により、事件は世間に知られることとなりました。
東スポはどうやって知ったのか?
事件当日、東スポは襲撃事件をスクープとして報道しました。しかし、現場に記者がいなかったにも関わらず、どのようにして情報を入手したのでしょうか? 実は、目撃者が東スポにも通報していたのです。
アントニオ猪木
警察の疑念と新日本の対応
事件後、警察は新日本プロレスに説明を求めました。新日本側は「猪木は被害者」と主張しましたが、警察はプロレスの演出を疑い、被害届の提出とシンら外国人選手への刑事告訴を求めました。「公道でのパフォーマンスは許されない」という警察のメンツもあったようです。
しかし、新日本プロレスはシリーズ中であることを理由に被害届を提出せず、代わりに始末書を提出することで決着しました。当時の新日本プロレスにとって、シリーズの継続は最重要事項だったのです。プロレス評論家の山田太郎氏(仮名)は、「興行の継続を優先した新日本の判断は、当時の状況を考えると致し方なかったと言えるでしょう」と語っています。
事件の真相と猪木の思惑
新宿伊勢丹襲撃事件は、シンの猪木への激しいライバル意識と、猪木のプロレスに対する情熱が絡み合い、偶発的に起きた事件でした。 この事件は結果的に、新日本プロレス、そして猪木自身の名をさらに高めることになりました。猪木は、常に話題を提供し続けることで、プロレス界を盛り上げようとしていたのかもしれません。
まとめ:伝説の裏側にある人間ドラマ
新宿伊勢丹襲撃事件は、プロレス史に残る一大事件であり、猪木のカリスマ性をさらに際立たせる出来事となりました。 弟・啓介氏の証言を通して、私たちは事件の真相だけでなく、猪木という人間の複雑な一面を垣間見ることができます。 皆さんも、この機会に猪木の生き様、そしてプロレスの歴史に触れてみてはいかがでしょうか?