幼少期の優秀さで問題を乗り越えてきた「高学歴発達障害エリート」たち。成功体験が多いためか、自身の「持論」に自信を持ちやすく、専門家である医師の意見に耳を貸さないケースが少なくありません。精神科医の岩波明氏の著書『高学歴発達障害エリートたちの転落と再生』から、その実態と社会復帰の過程を一部抜粋、再構成してお届けします。
成人発達障害者が専門医の診断や治療方針を検討する様子
社会に出て直面した「高学歴発達障害」の課題
20代男性のUWさんは、25歳で発達障害専門外来を受診しました。子供の頃は忘れ物が多いなどの問題がありましたが、自分で気を付けることでカバーできていました。学業成績は優秀で、難関私立校を経て現役で有名私大経済学部へ進学。大学の授業は問題なくこなしていましたが、コンビニでのアルバイトではミスを繰り返し叱責されることもよくありました。大学卒業後、電気部品を扱う一般企業に就職すると、「同じミスを繰り返す、物覚えが悪い、マルチタスクが苦手」といった発達障害の特性が顕著になり、上司からの注意が頻繁に。このためUWさんは自身でADHDではないかと考え、専門外来を受診。そこでADHDと診断され、治療薬の投与が開始されました。
成人ADHD（注意欠如・多動症）の主な特徴と症状
「薬は効かない」自己判断と「思い込み」
しかしUWさんは投与開始後まもなく、服薬には効果がないと自己判断。胸やけや胃部の不快感を訴えたため、ADHD治療薬の投薬は短期間で中止されました。この頃よりUWさんは、自分は「化学物質過敏症」であると主張するようになりました。「クリーニングしたスーツの臭いが気になる、会社の中のたばこや化粧品の臭いが苦痛」と訴え。同時に仕事上のミスが頻発し、周囲から注意を受けることが繰り返され、出社できない状態となり、会社を休職せざるを得なくなります。
休職・退職、そして続く身体的症状
4ヶ月後にUWさんは会社に復職しましたが、仕事でのミスは減らず、体調の悪化もみられたため、半年あまりで会社を退職しました。その後は傷病手当金、失業保険で生活しながら就職活動をしていましたが、食欲不振、めまい、全身の痛みなどが出現し、うつ状態が悪化。自ら希望して精神科に短期間入院しました。入院によって不安感、ゆううつ感は改善し、食欲の回復もみられましたが、入院中は他の患者との交流はほとんどなく、多くの時間を自室で過ごしていました。また、抗うつ薬、抗不安薬の投与を行ったものの、効果ははっきりしませんでした。退院後は現在まで外来受診を継続していますが、数年間これまでと同様の状態が継続しています。主な訴えは頭痛、吐き気、めまいといった身体的な症状ですが、内科などで精査しても異常は認められません。経済的には、障害年金と貯金を切り崩して生活費に充てている状況です。
高学歴ゆえの「こだわり」と適切な支援の重要性
UWさんのケースは、「高学歴発達障害」を持つ人々が、過去の成功体験や強い「思い込み」、そしてエリートとしてのこだわりゆえに、専門家である医師の意見や助けを受け入れ難く、社会生活や治療に困難を抱える現実を示しています。適切な診断と治療、自身の特性への深い理解、そして必要に応じた支援を導入することが、安定した社会生活を送る上でいかに重要であるかを浮き彫りにしています。岩波明氏の指摘する通り、知的な優秀さが、かえって受診や治療の遅れ、そしてこだわりによる困難に繋がる場合もあるのです。
【出典】岩波明『高学歴発達障害エリートたちの転落と再生』（文春新書）より一部抜粋、再構成
