ベトナム戦争の爪痕、そして沖縄との深い繋がり。フォトジャーナリスト石川文洋氏の軌跡を辿り、平和への想いを新たにいたします。戦争の現実を克明に捉えた写真の数々は、私たちに何を語りかけるのでしょうか。
沖縄出身の写真家、石川文洋
1960年代、泥沼化したベトナム戦争。アメリカとソ連の介入により、世界は東西冷戦の緊張感に包まれていました。そして、沖縄はアメリカ軍の出撃基地として、否応なく戦争の渦中に巻き込まれていくことになります。爆撃機が飛び立ち、兵士たちが送り出される沖縄。その現状を、沖縄出身の若きフォトジャーナリスト、石川文洋氏は、自らのレンズを通して世界に発信しました。
沖縄の青年たちがベトナム戦争に抗議する様子
当時26歳だった石川氏は、4年以上にわたりアメリカ軍に同行。戦場のベトナムと、出撃基地となった沖縄、両方の現実を記録しました。彼の捉えた写真には、凄惨な地上戦の様子、そして過酷な状況下で生きる人々の姿が克明に写し出されています。
戦争の記録、平和への願い
現在、長野県諏訪市に暮らす石川氏。80代半ばを迎えた今もなお、精力的に活動を続けています。自宅には、これまで撮影してきた10万点を超える写真やネガが保管されています。これらは全て、将来、故郷である沖縄に寄贈される予定です。
若き日の石川文洋氏
「4歳の時に沖縄を離れたので、“ふるさと”という意識は強い。大人になってから故郷を離れ、また戻ってきた人とは違う。だから、沖縄人として認められるだろうか、と思うこともある」と石川氏は語ります。
1938年、那覇市首里に生まれた石川氏。父は、琉球時代の小説や沖縄芝居の脚本を手がける作家、石川文一氏でした。父の仕事の関係で、4歳の時に家族と共に本土へ移住。父の背中を追うように、高校卒業後、ジャーナリストの道へと進みました。
ふるさと沖縄への想い
石川家の菩提寺である万松院には、両親や兄弟が眠っています。沖縄への深い想いを胸に、石川氏は活動を続けています。
現在の石川文洋氏
写真家・石川文洋氏の作品は、ベトナム戦争の悲惨さを伝えるだけでなく、平和の尊さを私たちに問いかけています。戦争の記憶を風化させないために、そして未来への教訓とするために、石川氏の活動はこれからも続いていくでしょう。 写真を通して伝えられるメッセージは、時代を超えて、多くの人々の心に響くはずです。 沖縄とベトナム、そして平和への願い。石川文洋氏のレンズを通して、私たちは歴史の重みを感じ、未来への希望を見出すことができるのです。