現在、度重なるコスト膨張や工期遅延で世間を騒がせている大阪・関西万博。その渦中で「真の問題は“責任感の欠如”に尽きる」と喝破するのが、建築エコノミストの森山高至氏だ。
早稲田大学を卒業後、一級建築士として1000件以上の物件に関わり、新国立競技場や築地市場移転などの問題点を指摘してきた森山氏だが、近著『ファスト化する日本建築』では、“急ごしらえの建築文化”に警鐘を鳴らしている。
大阪・関西万博に感じたその違和感や日本の建築業界が抱える本質的課題について、語ってもらった。
日本建築の「ファスト化」とは?
――森山さんが「建築のファスト化」という言葉を意識し始めたのは、いつ頃だったのでしょうか?
森山高至(以下、森山):ごく最近です。意識したきっかけは、友人との会話やインターネットの議論の際に、「建築がファスト化した」というキーワードがしっくりくることがあって。
たしかに、現代では、食やエンタメ、ファッションなど、あらゆるジャンルで「できるだけ早く、できるだけ手軽なもの」が求められる傾向がありますが、その傾向が建築や都市開発にも及んでいます。
――ファスト化の弊害にはどのようなものがあるのでしょうか?
森山:建築とは本来「時間をかけて熟考し、丁寧に形にする」という前提があったはず。
しかし、その前提が現代では失われつつあります。結果として、かつては数十年、数百年にわたり街を支えたはずの建物が、短命な使い捨て商品のように扱われ、早々に役目を終える現象が各地で起きている。
しかも、都市開発を進める企業、行政、そして設計を担う建築家やエンジニア、デザイナーまでもが「即効性」と「コスト優先」を当然視するようになり、その反動として建築の質の低下が始まっています。
挙げ句の果てには、本来はその国のランドマークともなるべき大型公共施設でさえ同じような現象が起きつつあると感じていますね。
大阪・関西万博での各国パビリオンの建設の遅れはなぜ起きたか?
――大型公共施設の問題として、現在話題を呼ぶのが大阪・関西万博です。大屋根リングやトイレなどの問題も散見されましたが、最も問題視されたのが、海外パビリオンの建築の遅れです。開幕日に開館できなかった国は8カ国、工事の遅れが見られたのは5カ国という結果になりました。
森山:本来は、万博の各国パビリオンも含めた建造物は、開幕の2~3カ月前には完成している予定でした。
しかし、開催直前まで工事が遅れた最大の理由は、夢洲の“悪い地盤”を巡る情報ギャップだと思います。
もともと夢洲は、海の埋め立て途中で、まともな地盤にはほど遠く、マヨネーズやお汁粉のようにゆるい泥がたまった湿地のような状態で、いまだに充分な土地の強度に至っていません。パビリオンを建てる際、その前提条件を知っているかどうかは大きな差が生まれます。
日本企業の場合は、夢洲の地盤を知っており、杭や地盤改良を前提とした設計を組んでいたので、パビリオンもおおむね予定どおり完成しました。
でも、一方の海外勢は通常の万博と同じ手順で母国のデザイナーを選び、意匠を固めてから日本へ持ち込んでいます。
そして、現地調査に入って初めて地盤の悪さを知ったので、基礎設計のやり直しや予算超過に追われた結果、工期が大幅にずれ込んだのでしょう。