ドナルド・トランプ米大統領(以下、人名については初出のみ敬称および官職名を付す)は、英国に続いて中国とも関税交渉において合意した。対中関税交渉において、トランプはディール(取引)を成功にみせるための心理作戦に出たが、彼のディールのやり方に限界が見えた。そこで、本稿ではトランプの交渉に関する最新の世論調査結果を交えて、彼の心理作戦とディールの限界について述べる。
【画像】選挙がない中国の「皇帝」にトランプは勝てない!?見えてきた「ディール」の限界、「関税男は相互関税に溺れる」のか?
「80%」の心理作戦
5月8日、米英関税交渉が合意に至ると、世界の目はスイスジュネーブでの米中関税交渉に移った。中国からの輸入品に対して145%までの関税をかけたトランプは、本丸との交渉を直前にして、自身のSNSに「中国に対する関税は80%が正しいように思える。スコットB次第だ」と投稿し、英国と同様、中国に対しても関税を引き下げる可能性を示唆した。「スコットB」は、元ヘッジファンド運用者であり米国側の交渉者でもあるスコット・ベッセント財務長官で、彼はトランプ政権で貿易強硬派のピーター・ナバロ氏をトランプから遠ざけたことで存在感を高めている。
このトランプのメッセージの狙いは、一体どこにあるのか。交渉の直前にトランプは具体的な数値を出して、80%までは関税引き下げの許容範囲であるというメッセージを中国側に発信した。中国側に揺さぶりをかけて、交渉の主導権をとらせないと同時に、80%は第1回目の交渉が米国側の不成功に終わった場合の弁解、即ち、ダメージコントロールの材料にもなる。
交渉の結果はどうだったのか。米国は、80%ではなく30%まで下げた。当初から80%ではなく、30%に関税率を引き下げる用意があったのだろう。
一方、中国側が課した125%の関税率を、米国民や市場が許容できる程度まで下げることができれば、それはトランプの成功と見られる。
実際、交渉者ベッセントも事前に、中国との1回目の関税交渉の目的は、重大な合意よりも「deescalation」即ち、エスカレートしたものを下げることにあると述べて、具体的な数値には触れなかった。交渉結果に関する期待値を下げたのだ。
しかし、ふたを開けてみると、米国は中国に対して115%も関税率を引き下げた。トランプとベッセントは、サプライズ作戦で、合意を「外交的勝利」としてみせた。
この米中関税交渉から何を学ぶことができるのか。トランプとベッセントは、コミュニケーションにおけるトーンの硬軟を織り交ぜて、他国との関税交渉で、「フェイク」の数値設定や低い期待値、サプライズな結果創出等により、「勝利」を演出した。それは、今後も交渉において継続されるだろう。