北朝鮮が金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記の威信をかけて進めている軍の現代化作業に急ブレーキがかかった。東部・清津(チョンジン)の造船所で5月21日に実施された5000トン級新型駆逐艦の進水式で、重大事故が発生したのだ。
北朝鮮は4月下旬に今回と同型の崔賢級駆逐艦を大々的にお披露目していた。わずか3週間後に2隻目の新型駆逐艦を進水させ、海軍力強化をアピールするはずだった。その目論見は見事に外れた。しかも、金総書記の目前で、だ。
威信傷つけた“犯罪行為”
進水式は船体の側面から水面に滑り込ませる「横進水」の手法が取られた。北朝鮮ではあまり使われない手法のためか、進水台から横に滑らせて海に浮かべる際に、艦尾部分の台が先に抜け落ち、駆逐艦がバランスを崩し横倒しになった。
衛星写真では、船体に穴が開いた形で洋上に無様に横たわる駆逐艦の姿が捉えられている。
メンツを潰された金総書記は激怒した。
「純粋に不注意と無責任性、非科学的な経験主義により発生した到底あり得ず、到底容認できない深刻な重大事故であり犯罪的行為となる」
「我が国家の尊厳と自尊心を一瞬にして墜落させた」
事故の責任者として、
・党中央委員会軍需工業部と国家科学院力学研究所
・金策工業総合大学、中央船舶設計研究所をはじめとする関連単位
・清津造船所の該当幹部
を挙げ、6月下旬に開催予定の朝鮮労働党中央委員会総会で責任を追及すると予告した。
この翌日には清津造船所の支配人が法的機関に召還され、その後、技師長、船体総組立職場の職場長、行政副支配人が相次いで拘束された。
金総書記の指導の下で進められた駆逐艦の建造・進水であっても、金総書記の責任を問う者は誰もいない。
現場の責任者以外にも軍、研究機関など関係各所の幹部だけが処罰を恐れ、戦々恐々としている。
自然災害も幹部の責任
かつての北朝鮮では、党や最高指導者の威信を傷つけかねない失敗や不祥事は一切公表されず、徹底的に隠ぺいされた。
こうした隠ぺい体質は金正恩時代に入って変化を見せた。衛星打ち上げの失敗や5カ年計画の未達成、自然災害による被害など、指導部の「失敗」が報じられるようになったのである。しかし、そこで責任を追及されるのはあくまで「幹部」たちにとどまる。
金総書記は幹部の職務怠慢や能力不足を厳しく叱責し、北朝鮮の住民に対しては自身の指導力不足を率直に謝罪する姿を見せてきた。
「失敗」は認めても批判の矛先は全て幹部に向けられるため、金総書記の責任は回避され、体制は維持されるという仕組みだ。
韓国のシンクタンク・国家安保戦略研究院によれば、金総書記は2021年から「幹部革命」を主張し、幹部たちに社会的役割と責任を強調してきた。その結果、「農業の成果不振や自然災害による被害も、幹部らの思想に問題がある」とされ、責任を問われることとなった。
2023年夏に起きた平安南道での大規模な浸水被害では、金徳訓(キム・ドックン)首相(当時)が金総書記に公開叱責され、2024年7月の鴨緑江一帯での大規模水害では社会安全相と慈江道党書記が更迭されたのもその一例だ。
災害被害が拡大するのは北朝鮮の治水や灌漑設備の不備による点が大きいが、それも全て幹部の責任にされてしまう。
金総書記が推進する地方発展政策の下、2025年1月に南浦市と慈江道で飲酒接待、住民財産侵害などの不正が発覚した事件では、地元幹部だけでなく統括責任者である金総書記の最側近・趙甬元(チョ・ヨンウォン)党書記も処分を受けたと見られている。
実力派幹部でも例外なく、いつどこで足元をすくわれるかわからないのが実情だ。