中国「白紙デモ」参加者の3年後 海外渡航制限は続く

中国社会に大きな影響を与えた2022年の「白紙デモ」。あれから約3年が経過しましたが、参加した若者たちの多くは現在も事実上、海外への渡航を制限された生活を余儀なくされているといいます。デモ参加が「悲惨な結果を招くことは想像していた」と語る当時の参加者。彼らの悲壮な決意の裏には、35年前の1989年、天安門事件に参加した世代への共感があったのかもしれません。

海外渡航を阻まれた若者たちの現状

「日本に行ってみたいんです。日本のアニメや映画が好きで」。そう語ったのは、中国に住む陳さん(仮名)です。しかし、陳さんが憧れる日本の地を踏むことは、今のところ困難な状況にあります。中国当局から出国を制限されているためです。パスポートは所持しており、実際に航空券を購入し空港にまで到着したにもかかわらず、突然、出国できない旨を告げられました。当時まだ10代だった陳さんは、いつまで、そしてなぜ海外渡航を禁じられるのか理由を強く求めましたが、当局からの説明は一切ありませんでした。しかし、陳さんにとって、その理由は明白でした。それは、約3年前、陳さんが参加したある集会がきっかけだとみられています。

2022年11月末、習近平政権による厳格な「ゼロコロナ政策」に抗議するため、北京や上海など中国各地の街頭が、白い紙を掲げたデモ隊で埋め尽くされました。白い紙は、「自分の思いを口にすることさえ許されない」という不自由な現状を象徴するものでした。陳さんも、この抗議活動の参加者の一人でした。

ゼロコロナ下の鬱屈と抗議への決意

当時、陳さんは習近平国家主席の母校でもある名門・清華大学の学生でした。キャンパスには、多くの学生が白い紙を手に集結し、普段は静かな空間が、異様な殺気に満ちていたといいます。時間が経つにつれて参加者は増え続け、最終的には1000人を優に超える学生が集まりました。清華大学は、中国共産党の幹部を数多く輩出してきた保守的な学風で知られますが、この時の空気は全く異なっていたのです。なぜ学生たちは立ち上がったのでしょうか。陳さんは、厳しい行動制限が続いたゼロコロナ政策の下での、学生たちの鬱屈した状況を語りました。

「長引くコロナ自粛や学業のストレスから、悩みを抱える学生が非常に多かった。私自身も、周囲からのプレッシャーなどで精神的に追い詰められていました。行動も厳しく制限され、『このまま何もせずいれば、泥沼にはまり、人生のどん底に落ちてしまう』という強い危機感があったのです」

しかし、抗議活動が全国に広がる決定的なきっかけとなったのは、2022年11月末に中国西部・新疆ウイグル自治区のウルムチで発生した集合住宅火災でした。この火災で住民らが逃げ遅れて死亡した原因として、ゼロコロナ政策による通路の封鎖が被害を拡大させたと見方が急速に広まったのです。これは、1989年の天安門事件を知らない10代の陳さんにとって、初めて目にする光景でした。

中国の街頭で白い紙を掲げる「白紙デモ」参加者たち中国の街頭で白い紙を掲げる「白紙デモ」参加者たち

「そんな時に目にした抗議の光景は、ある意味チャンスだと感じました。何も言わずに沈黙するよりは、何か自分の声を上げてから沈んだ方が良いのではないか、と。もちろん、後に悲惨な結果を招くだろうという想像はしていました」

陳さんだけではありません。取材に応じた別の白紙デモ参加者も、「逮捕されることを恐れて声を上げなければ、間違いなく絶望していただろう」と語りました。これは、陳さんが当時感じた思いと完全に重なる言葉です。

中国の理系大学の最高峰とされる清華大学では、英語で自由を意味する「フリーダム(Freedom)」と表記が似た数学の方程式を掲げる学生もいたといいます。一方で、中国共産党や政府を支持する一部の学生が、抗議活動を阻止しようと参加者の顔に落書きをするなど、学生同士の小競り合いも起きていました。しかしその後、中国当局が一斉に制圧に乗り出し、白紙デモは抑え込まれました。

習近平国家主席の母校・清華大学での「白紙デモ」抗議活動習近平国家主席の母校・清華大学での「白紙デモ」抗議活動

その後の学生たちを待ち受けていたのは、当局による厳しい監視と隣り合わせの日常でした。陳さんの知人の中には、拘束されたり、突然連絡が取れなくなる人もいました。さらに、予告なくSNSのアカウントが凍結される事態も頻繁に発生しました。陳さん自身も、身の危険を感じ、スマートフォンで撮影した抗議活動の映像や、パソコンの中に保存していた関連データをすべて削除したといいます。

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それから約3年近くが経った今も、陳さんは海外に渡航する手段を奪われ、当局の目を常に感じながら日々を過ごしています。「あの運動に参加して以降、突然、海外への出国が禁止されてしまいました。原因や具体的な解除期限など、詳しいことは何も教えてもらえていません」。

終わらない影響:自由への代償

2022年の白紙デモは、ゼロコロナ政策への不満から始まったものの、体制への抗議へと発展した、中国では稀に見る大規模な若者主体の抗議活動でした。その参加者たちは、厳しい結果を覚悟の上で声を上げましたが、その代償は現在も彼らを縛り付けています。特に、海外への渡航制限は、国際的な視点や学術交流を求める若い世代の未来を閉ざす行為であり、彼らが社会参加の機会を制限されている現状を示しています。陳さんのような若者が、いつの日か自由に海外と往来し、憧れの日本を訪れることができるようになるのか、国際社会は注視を続けています。この問題は、中国国内の人権状況だけでなく、国際的な人の移動や交流にも影響を与える重要な政治・社会問題です。