平成26年10月、滋賀県近江八幡市で発生した殺人事件は、地域社会に大きな衝撃を与えた。被害者は、地元で近江牛を提供する飲食店を経営する岩永聡子さん（仮名、当時52歳）。明るく快活な人柄で知られ、病気がちな夫や高齢の姑の世話をしながら店を切り盛りし、従業員からの信頼も厚かった。経済的にも安定しており、飲食店を法人化するなど優れた経営手腕を持っていたが、多忙な生活のため自宅の清掃は外部サービスに依頼していたという。
事件は平成26年10月14日に発覚した。いつものように岩永さん宅を訪れた清掃担当者が、通常は施錠されているはずの玄関の鍵が開いていることに気づく。不穏な気配を感じながら中に入ると、廊下で横向きに倒れ、腹部から大量に出血している岩永さんを発見。即座に110番通報したが、駆けつけた救急隊員が到着した時にはすでに死亡が確認された。
滋賀県近江八幡市で発生した殺人事件の現場を示す規制線県警捜査一課は殺人事件として捜査を開始したが、当初は犯人特定に難航した。岩永さんは誰からも好かれる人柄で、人間関係や仕事上のトラブルは確認されず、強盗目的の線は薄いとみられた。しかし、事件発生当時、夫や姑が自宅にいなかったため、室内に物色された形跡があるかどうかの判断がつかず、強盗殺人の可能性も完全に排除はできなかった。また、当日は台風の影響で雨が降っており、室内に残された靴跡がいつ付着したものかの特定も困難だった。司法解剖の結果では、岩永さんの体には30か所以上もの刺し傷があり、中には深さ10センチを超えるものもあったことから、犯人には強い殺意があったことは明らかだった。
自宅前に設置されていた防犯カメラも、容量不足のためか事件発生時の映像は上書きされており、決定的な手がかりは得られなかった。事件から1年後、自宅内の引き出しが1か所不自然に開けられていたことが判明したが、捜査本部は依然として怨恨の可能性が高いと感じていた。岩永さんの人徳は厚く、自宅玄関には事件後も知人らが泣きながら花束やお供え物を持参し、「聡子さんの素敵な笑顔は一生忘れません」といったメッセージが添えられていたという。地域住民にとっても、悪い評判一つない彼女が殺害されたことは信じがたい出来事だった。
事件発生から2年以上が経過した平成29年2月8日、滋賀県警は岩永さん殺害の容疑で、当時44歳の女を逮捕した。驚くべきことに、逮捕された女は岩永さんと顔見知りであった。そして、その正体は岩永さんの夫の「前妻の娘」だったのだ。誰からも慕われていた岩永さんに対し、女は30年以上にわたる積年の怨みを抱えていたとされる。
この事件は、「人望厚き女性がなぜ、そして誰に殺害されたのか」という問いを投げかけ、その犯人が被害者の夫の前妻の娘であり、動機が長年にわたる怨恨であったという事実は、多くの人々に衝撃を与えた。
参考文献
- 『好きだったあなた 殺すしかなかった私』（鉄人社）事件備忘録@中の人, 高木 瑞穂
