特養入所3ヶ月で「退所」勧告?介護度改善が招く制度の落とし穴と家族の現実

費用負担の軽さや国の助成・税制優遇から人気の高い特別養護老人ホーム(特養)。しかし、「一度入れば安心」とは限りません。経済的な限界まで費用を抑え、ようやく特養への入所が叶ったある家族に突きつけられたのは、「退所」という厳しい現実でした。その背景には、制度の隙間と、本人・家族の予期せぬ誤算があります。本記事では、波多FP事務所代表のファイナンシャルプランナー・波多勇気氏が、相談事例を基に介護施設制度とその実態について解説します。

「え?退所って、どういうことですか……?」

戸惑いを隠せない声を上げたのは、都内在住の会社員、石川里奈さん(仮名/49歳)です。先日、特養の施設長室に呼び出され、父・英樹さん(仮名/78歳)の「退所調整のお願い」を告げられました。数年前に脳梗塞を患い、現在は要介護3の認定を受けています。右半身に軽度の麻痺は残るものの、会話は可能で、食事も自力で摂ることができます。英樹さんの年金は月額約14万円。里奈さんの月収29万円では、民間の有料老人ホームは経済的に選択肢に入りませんでした。長年、自宅での介護を続けていた里奈さんでしたが、介護離職寸前まで追い詰められ、1年半の申請と面談を経て、昨年末にようやく特養に入所できたばかりです。娘として「安心できる場所で、静かに過ごしてほしい」と願った日々は束の間、わずか3ヵ月での退所要請でした。

介護度改善が招いた突然の退所勧告

「理由は、回復して要介護度が下がったから、なんです」

里奈さんは肩を落とします。英樹さんは最近、地道なリハビリの効果で自立度が高まり、先月の再認定調査で「要介護1」に変更されました。この要介護度低下が、「特養での継続的なサービス提供が困難」と判断される直接的な原因となったのです。

「回復すると追い出される?」制度の建前と実態

「え、良くなったのに、追い出されるんですか?」

里奈さんが唖然としたように、多くの人が驚くかもしれません。しかし、特養は本来、原則として「要介護3以上」の方が対象となる施設です。要介護1や2の方の入所は「やむを得ない事情がある場合」に限られる例外的な措置であり、この例外措置が拡充された背景には、全国的な特養の待機者数の多さがあります。厚生労働省の最新統計(2023年)によれば、全国の特養待機者は約29万人に上ります。月額6万円から15万円程度で利用できる公的施設の中でも、特養はコストパフォーマンスに優れ、高齢者やその家族にとって「最後のセーフティネット」とも呼ばれています。その一方で、入所後に利用者の状態が改善し、要介護度が低下した場合、「退所調整」が求められるケースが増加しているのが実情です。

高齢者と介護、金銭的な問題を象徴するイメージ写真高齢者と介護、金銭的な問題を象徴するイメージ写真

石川さんもまた、この制度の隙間に直面した一人でした。「父の年金では、有料老人ホーム(民間施設)は到底無理です。月20万円以上かかるところがほとんど。退所しろと言われても、行く先がありません」と里奈さんは訴えます。実際、英樹さんのように年金月14万円では、施設の利用料に加え、おむつ代や医療費などを捻出するだけで生活はぎりぎりです。本人にまとまった資産がなく、子ども世代も十分な経済的支援ができない場合、「次の受け入れ先」が存在しないという深刻なジレンマを多くの家庭が抱えています。特養は一度入所すれば安泰、という認識は、現在の制度運用においては必ずしも通用しない現実があるのです。

まとめ:特養入所の前に確認すべきこと

特別養護老人ホームは、確かに経済的負担を抑えられる優れた公的サービスです。しかし、今回の石川さんの事例のように、入所条件である要介護度によって退所を求められる可能性があるという現実を知っておくことは非常に重要です。特に、要介護度が比較的軽い段階(要介護1や2)で「やむを得ない事情」により特養に入所できた場合や、リハビリなどによって状態改善が見込まれる場合には、将来的な退所リスクを考慮に入れる必要があります。事前に施設の退所規定を十分に確認し、万が一退所となった場合の代替となる選択肢(他の施設形態、在宅サービスの組み合わせなど)や、それに必要な費用について、専門家にも相談しながら具体的に検討しておくことが、予期せぬ事態に備える上で不可欠と言えるでしょう。特養は「終のすみか」というイメージが強いですが、制度上の位置づけと現在の待機状況・運営実態を理解することが、後々の困難を避ける鍵となります。

参考情報:

  • 厚生労働省老健局高齢者支援課「特別養護老人ホームの入所に関する調査結果」(2023年公表データなど)


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