「エルピス」と足利・飯塚事件:日本の実話冤罪ドラマが問う司法の闇

毎年90本前後制作されている日本のドラマの中には、実際に起きた凄惨な事件や社会的な問題をモデルにしたものが少なくありません。特に、日本の刑事司法制度が抱える「冤罪」という重いテーマを扱った作品は、視聴者に強い衝撃と問題提起を与えます。本記事では、実話に基づいた冤罪ドラマとして注目を集めた「エルピス -希望、あるいは災い-」に焦点を当て、そのモデルとされる足利事件や飯塚事件といった実際の冤罪事件の内容と共に解説します。

「エルピス」は、スキャンダルによって左遷されたテレビ局のアナウンサーと、失われた報道への情熱を取り戻しつつある若手ディレクターらが、ある未解決連続殺人の冤罪疑惑を追う社会派ドラマです。

ドラマ「エルピス -希望、あるいは災い-」とは

放送期間: 2022年10月24日〜12月26日
脚本:渡辺あや
キャスト:長澤まさみ、眞栄田郷敦、三浦透子、三浦貴大、近藤公園、池津祥子、梶原善、片岡正二郎、山路和弘、岡部たかし、六角精児、筒井真理子、鈴木亮平
作品内容:大洋テレビの女性アナウンサー浅川恵那は、スキャンダルにより深夜の情報バラエティ番組『フライデーボンボン』のコーナーMCに。そこで彼女は、新人ディレクターの岸本拓朗から、2006年に発生した「八頭尾山連続殺人事件」の犯人として収監されている松本良夫が、実は冤罪かもしれないという相談を受け、事件の真相を探り始めます。

2022年にフジテレビ系で放送された本作は、その骨太なテーマと質の高い脚本・演出で、ギャラクシー賞テレビ部門月刊賞(2022年12月度)をはじめ、数々の賞を受賞しました。ドラマ内で冤罪事件を追及する過程は、綿密なリサーチに基づいています。参考文献として挙げられている9冊の書籍のうち、4冊が日本の著名な冤罪事件である足利事件に関するものとなっており、本作がこの事件を強く意識していることが伺えます。

冤罪ドラマ「エルピス」でジャーナリスト役を演じる長澤まさみ冤罪ドラマ「エルピス」でジャーナリスト役を演じる長澤まさみ

ドラマの着想源:足利事件と飯塚事件

「エルピス」が特に参考にしているとされるのが、1990年に栃木県足利市で発生した幼女誘拐殺人事件、通称「足利事件」です。この事件は、DNA鑑定を主要な証拠として無期懲役の有罪判決が確定しながら、後にそのDNA鑑定の信頼性が問われ、再審によって無罪が証明された日本の冤罪史において極めて重要な事件です。

足利事件の経緯

足利事件は、1990年5月、栃木県足利市の渡良瀬川河川敷で当時4歳の女児の遺体が発見されたことに始まります。事件翌年の1991年、栃木県警は同市内に住む菅家利和氏を誘拐殺人容疑で逮捕しました。逮捕の決め手とされたのは、遺体から検出された体液のDNA型と菅家氏のDNA型が「一致」したという科学捜査の結果でした。

菅家氏は一貫して無罪を主張しましたが、裁判では有罪(無期懲役)が確定し、長期間服役することになります。しかし、ジャーナリストの清水潔氏らが自供の矛盾点や当時のDNA鑑定の問題点を指摘し、事件の再検証が進められました。

2009年、弁護側推薦の鑑定人によって行われたDNAの再鑑定の結果、当初の鑑定が誤りであった可能性が極めて高いという結論が出ました。これを受けて、2010年3月には宇都宮地方裁判所が菅家氏に対し、完全な無罪判決を宣告しました。裁判長は法廷で菅家氏に直接謝罪するという異例の展開となりました。

飯塚事件との関連性

足利事件のDNA再鑑定による冤罪の可能性が広く認識され始めた2008年頃、もう一つの死刑冤罪疑惑事件である「飯塚事件」の被告人、久間三千年氏の死刑が執行されました。飯塚事件は1992年に福岡県飯塚市で発生した幼女誘拐殺人事件で、久間氏は状況証拠の積み重ねのみで有罪とされ、死刑判決が確定しました。

久間氏は生前、最後まで無罪を主張し続け、死刑執行直前にも強い怒りを表明したと伝えられています。彼の遺族は現在も再審を求め続けていますが、実現には至っていません。足利事件と飯塚事件は、時期的な近接性や、科学捜査の信頼性、そして何よりも「冤罪の可能性」という点でしばしば併せて語られます。「エルピス」が足利事件をモデルとしつつ、飯塚事件にも触れることで、日本の司法制度全体に潜む問題を浮き彫りにしようとしている姿勢が伺えます。

日本の司法制度と冤罪

足利事件で無罪となった菅家氏は、収監中に両親を相次いで亡くしており、「事件が、家族も、自分の人生もばらばらにした」と述べています。起訴されれば99.9%が有罪になるという日本の刑事裁判の現状は、「有罪ありき」の捜査や裁判が進むリスクを孕んでいます。一度冤罪が生まれると、個人の人生、家族、そして社会全体に計り知れないほど重い罪を課すことになります。「エルピス」のようなドラマは、エンターテインメントとしてだけでなく、日本の司法制度が抱える構造的な問題や、冤罪の恐ろしさを広く世に問いかける役割を果たしています。


参照元: https://news.yahoo.co.jp/articles/550b1702f01a9c3fe7a5db6c5ceed7727f2ee4b0