2025年、日本のコメ市場は「令和の米騒動」と称される異常な状況にあります。米価の急騰、品薄、流通の混乱は深刻化し、備蓄米放出も限定的な効果にとどまっています。この問題の原因は、需給や天候だけでなく、日本のコメ農政が抱える構造疲労と長期的戦略の不在にあると、専門家は指摘します。
「令和の米騒動」による米価高騰・品薄を受け、政府放出の備蓄米購入のためディスカウント店で整理券配布を案内する掲示物
小手先の対策が根本を解決できない理由
政府による備蓄米の随意契約放出は、差し迫った供給不足に対応する短期的な対策としては有効でしょう。しかし、その中長期的な効果が限定的であることが示すのは、日本のコメ市場の制度設計が、本来あるべき市場変動やリスクに耐えうる構造になっていないという現実です。農政に限らず、日本の多くの制度運営に共通する傾向として、制度そのものの根本的な見直しを避け、既存の枠組みの中で小手先の処置を積み重ね、「場当たり的に延命」させることが繰り返されています。今回のコメ問題も、その典型的な事例と言えます。
減反政策の「ゾンビ化」がもたらす不確実性
形式的には2018年に廃止されたとされている減反政策ですが、実態としては、転作支援金などの名目で多額の補助金が温存され、全国の水田のかなりの割合が今も実質的に減反されているとの指摘が根強くあります。この、制度の「廃止」と「継続」の間に漂う曖昧さこそが、戦略不在の象徴です。政策の方向性や目標が明確でないため、農家は将来の投資計画を立てにくく、「いつ何が変わるかわからない」という不確実性に常に晒されています。農業は本来、数年単位で投資回収を見据える長期的な産業であるはずなのに、目先の制度変更に翻弄され続ける「短期農業」へと矮小化されてしまっているのです。
未来を「創る」より現状を「守る」制度文化
さらに深層的な問題として、日本型の制度設計が基本的に「守る」ことを前提としている点が挙げられます。すなわち、米価を守る、農地を守る、そして古くからの流通慣行を守る──そのすべてが、現状維持のための「防衛的制度文化」の中で行われています。これは、将来の発展や競争力を高めるための「未来を創る政策」や、積極的に市場や技術に対応する「攻める政策」への移行を阻害しています。具体的な例としては、スマート農機の普及率が他国と比較して著しく低いことが挙げられます。これは、技術そのものの問題ではなく、「それを受け入れる制度、現場の意識、そして必要な補助金設計が存在しない」ことが最大の障害であると分析されています。
結論として、2025年の米騒動は、単なる偶発的な要因ではなく、日本のコメ農政が長年にわたり蓄積してきた構造的な問題と、未来を見据えた戦略の不在が露呈した結果と言えます。このような状況を打開するために、日本工業大学大学院の田中道昭教授は、日本の農政には「同じ面積でより高く、より効率よく、より確実に生産する」ための構造的イノベーションが求められていると結んでいます。これは、「守る」農政から「創る」農政への根本的な転換を意味する提言と言えるでしょう。