働かないおじさんは「資本主義を生き延びる術」を知っている? 昭和的ゆるさが令和の勝ち組に繋がるワケ

日本の企業社会、特に大企業において、「働かないおじさん」と呼ばれる存在は、しばしば厄介者、あるいは職場の「お荷物」のように見られがちです。しかし、彼らの「ゆるい」働き方は、単なる怠慢なのでしょうか。実は、この「働かないおじさん」こそが、現代の資本主義社会を賢く生き抜く術を知っている、という逆説的な見方があります。これは、侍留啓介氏の著書『働かないおじさんは資本主義を生き延びる術を知っている』で示されている主張です。本稿では、このユニークな視点に基づき、マンガに描かれた昭和的な「働かないおじさん」の姿を通して、令和の時代にも通じる組織で必要とされる能力や、個人としての「勝ち組」の形を探ります。

昭和のマンガに登場する「働かないおじさん」たち

昭和のマンガ作品には、会社での地位はそれほど高くないものの、どこか楽しげに日々を送るサラリーマン像がしばしば描かれています。その代表格と言えるのが、『美味しんぼ』の山岡士郎や、『釣りバカ日誌』の浜崎伝助(浜ちゃん)です。山岡は大手新聞社の文化部記者、浜ちゃんは中堅ゼネコン会社の社員という設定で、いずれも安定した企業に勤務しています。彼らは会社での仕事に対する熱意は薄く、勤務態度も褒められたものではありません。しかし、それぞれ食に関するずば抜けた知識や能力(山岡)、あるいは釣りの非凡なスキル(浜ちゃん)といった「一芸」に秀でており、結果として会社に貢献する場面が描かれます。上司からは常に解雇をちらつかされますが、いざという時には彼らの能力が不可欠であるため、実際にクビになることはありません。

日本のオフィスで働く中年男性の様子日本のオフィスで働く中年男性の様子

『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の両津勘吉もまた、このカテゴリーに含まれるでしょう。彼は警察官として公務員の安定した収入を得ながらも、出世にはまるで興味がなく、しばしば騒動を引き起こして始末書ものです。その一方で、危機的な状況では驚くべき力を発揮し、結果として人々の役に立ちます。両津もまた、賭け事だけでなく、ラジコン、プラモデル、ゲームなど、多岐にわたる趣味に精通し、それぞれに一家言持っています。

さらに、『サザエさん』の磯野波平も、彼らの「祖型」と見なすことができます。「山川商事」という安定した企業に勤めながらも、バリバリ働くという雰囲気はなく、午後5時には退社して囲碁や盆栽といった趣味に時間を費やしています。家族との時間を大切にし、時には酒を飲んでストレスを発散するなど、彼の生き方もまた、決して否定されるべきものではないのかもしれません。

令和の時代における「働かないおじさん」は勝ち組か?

こうした昭和のマンガに描かれたサラリーマン像は、令和の企業社会から完全に消え去ったわけではありません。特に大企業においては、現在でも「働かないおじさん」と呼ばれるタイプの人々が少なからず存在します。彼らは、一定規模以上の企業で比較的良い給与を受け取りながらも、仕事へのモチベーションが低く、パフォーマンスも芳しくない、とされる人々です。

確かに、会社全体の効率性や成長といった観点からは、彼らは「厄介者」と見なされるかもしれません。しかし、従業員個人の立場に立った時、彼ら「働かないおじさん」の生き方こそが、現代の資本主義社会における一つの「勝ち組」モデルなのではないか、という考え方が成り立ちます。

ここでの「勝ち組」とは、必ずしも出世街道を突き進むことや、莫大な富を築くことではありません。「働かないおじさん」は、大企業の安定した雇用と悪くない収入という基盤を確保した上で、解雇されないための最低限のパフォーマンスを発揮し、残りの時間やエネルギーを自身の趣味や家族との時間など、人生を楽しむことに注ぎ込んでいます。これは、個人の幸福や満足度という観点から見れば、非常に理にかなった、理想的な生き方の一つと言えるのではないでしょうか。常に高い目標を追い求め、激務に身を投じる「熱血サラリーマン」が、時に燃え尽きたり、心身の健康を損なったりするリスクを抱えることと比較すると、「働かないおじさん」の生き方は、リスクを避けつつ安定した満足を得るための、賢明な戦略であると解釈できます。

昭和のマンガに描かれたユニークなサラリーマンたち、そして現代の大企業に存在する「働かないおじさん」は、一見すると非効率的、あるいは時代遅れの存在に見えるかもしれません。しかし、彼らが大企業の安定した地位を確保しつつ、自身の人生を豊かにするための時間やエネルギーを確保している事実は、現代の資本主義社会において、競争だけに明け暮れるのではなく、賢く、そして自分らしく生き延びるための一つの戦略を示唆しています。「働かないおじさん」の「ゆるさ」の裏には、安定と個人の幸福を両立させるための、したたかな知恵が隠されているのかもしれません。

【参考】
侍留啓介『働かないおじさんは資本主義を生き延びる術を知っている』(光文社)