「通勤手当に課税」ネットの言説はミスリード 石破首相らの国会答弁、どう報じられた?

インターネット上で、「石破茂首相が新たに通勤手当に課税する方針を示した」かのような言説が拡散しています。この情報は誤解を招くものであり、事実とは異なります。本記事では、この言説がどのように広まったのか、そして実際の国会審議で何が議論されたのかを詳細に検証し、その真偽を明らかにします。通勤手当の課税に関するネット上の議論は、しばしば重要な情報が欠落したり、表現が誇張されたりするため、正確な理解が求められます。

広まった「石破首相が通勤手当に課税」の言説

「石破『通勤手当に課税するぞーー!!』」と題されたインターネット上のまとめサイトでは、この主張を裏付けるかのような投稿が紹介されました。「会社から電車代100円もらったら、10円もっていかれるのか」「仕事に行ったら罰金みたい」といった批判的な内容を含むこの投稿は、600万回以上表示されるなど、大きな注目を集めました。この投稿は、3月21日に公開された、国会での質疑に関する記事を引用しています。記事の見出しは「石破政権、通勤手当への課税について説明」となっていましたが、記事自体には「首相が新たに課税する方針」とは明記されていませんでした。しかし、記事公開直後からSNS上では、「石破政権 通勤手当への課税について説明『通勤手当の有無で差が出るのは公平ではないので課税します』」といった解説と共に、批判的な意見が急速に広まっていきました。

国会での実際の議論内容(3月18日、参議院予算委員会)

このネット上の言説の背景にあるのは、3月18日の参議院予算委員会での質疑です。立憲民主党の村田享子議員は、通勤手当の「課税」と「社会保険料算定の際の報酬扱い」という、財務省と厚生労働省の間での取り扱いの違いを指摘しました。

通勤手当は、税法上はすでに一定額以上が課税対象となっています。しかし、社会保険料(年金、健康保険など)は個々の「報酬」額に基づいて計算され、通勤手当はこの「報酬」に含まれるため、通勤手当の金額が大きいほど社会保険料の負担も増えます。村田議員は、通勤手当を受け取っている人とそうでない人で社会保険料の負担が異なるのは不公平であるとして、「社会保険料の計算から通勤手当を除くべきではないか」と政府に問いかけました。

これに対し、福岡資麿厚生労働大臣は、「多様な手当がある中で通勤手当だけを除外することの正当性や公平性に課題がある」と述べ、社会保険料算定から通勤手当を除外することに否定的な見解を示しました。

また、加藤勝信財務大臣は、エネルギー価格の高騰を受けたマイカー通勤の非課税額引き上げに関する質問に対して、人事院の調査を踏まえて対応する方針を示しましたが、通勤手当に新たに課税する方針については答弁していません。

参議院予算委員会での議論の様子。通勤手当の取り扱いに関する質疑が行われた参議院予算委員会での議論の様子。通勤手当の取り扱いに関する質疑が行われた

石破首相の答弁と「新たな課税」の否定

石破首相自身も、3月28日の参議院予算委員会で、通勤手当の税法と社会保険料算定での取り扱いの違いについて言及しました。「どっちか決めろと言われても、なかなかそういうことにはならない。制度の沿革、税収、保険料収入を精査し、結論を得る努力をする」と説明しました。さらに、「感覚からすれば実費弁償。報酬って言われるとかなり感覚からすればぴったり来ないものがある」とも述べ、個人的な見解としては「実費弁償」に近い性質だとしながらも、この答弁を含め、国会審議のいかなる場でも、通勤手当を新たな課税対象とするのが政権の方針だとは答弁していません。国会での議論は、主に社会保険料算定における通勤手当の扱いの公平性に焦点を当てたものであり、「政府が通勤手当に新たに税金をかける方針を決めた」という事実はありませんでした。

過去の議論と「サラリーマン増税」の反発

通勤手当への課税については、過去にも議論されたことがあります。首相の諮問機関である政府税制調査会が2023年6月にまとめた中期答申では、所得税が非課税となっている項目として通勤手当などを挙げ、「妥当であるか、必要性も踏まえつつ注意深く検討する必要がある」と提言しました。この提言が、インターネット上で「サラリーマン増税だ」といった反発を招いた経緯があります。今回の言説も、こうした過去の議論や、国会での質疑の一部を切り取った情報が混ざり合い、誤解を生んだ可能性が考えられます。

【判定結果=ミスリード】

「石破首相が新たに通勤手当に課税する」というインターネット上の言説は、【ミスリード】と判定されます。

まとめサイトの見出しや紹介された投稿の一つは、政府が通勤手当に新たに課税する方針であるかのように受け取れる内容になっていますが、これは誤解を招く表現です。

通勤手当は、税法上、すでに一定額以上が課税対象となっています。 例えば、電車やバスを利用する場合、月額15万円までが非課税とされており、多くの会社員の通勤手当はこの非課税限度額内に収まっています。マイカー通勤の場合も、通勤距離に応じた非課税限度額が定められています。したがって、「通勤手当に新たに課税される」という表現は不正確であり、あたかも全ての通勤手当が新たに課税対象になるかのような印象を与えます。

国会での議論は、主に通勤手当の「税務上の非課税扱い」と「社会保険料算定上の報酬扱い」の間の不公平性や、社会保険料算定から通勤手当を除外することの是非に関するものであり、政府として「通勤手当に新たな税を課す方針を決めた」という事実はありません。過去の税制調査会の提言も、「注意深く検討する必要がある」としたものであり、即座に新たな課税が行われると決定されたものではありません。

インターネット上で流布した「通勤手当に課税する」という言説は、通勤手当がすでに一部課税対象であるという現状や、国会での議論の正確な内容(特に税と社会保険料算定の違い、そして政府が新たな課税方針を示していない点)という重要な事実が欠落しているか、あるいは意図的に表現が誇張されており、読者に誤解を与える可能性が極めて高いため、ミスリードと判定されます。

【ファクトチェック判定】通勤手当への新たな課税方針に関するインターネット上の言説は「ミスリード」と判定されたグラフィック【ファクトチェック判定】通勤手当への新たな課税方針に関するインターネット上の言説は「ミスリード」と判定されたグラフィック

【参考資料】