日本の年金制度には世代や職種による不平等が存在しますが、特に現在の高齢者が直面する現実は厳しいものがあります。年金収入が月13万円という限られた額で、経済的に不安定な氷河期世代の子どもたちと同居している家庭では、生活は極めて困難です。最近成立した基礎年金の給付額底上げ法案は、一部世代に恩恵をもたらす一方、既に受給中の高齢者にとっては減少の可能性も指摘されています。このような「不幸世代コンビ」となった家庭は、「世代ガチャ」を恨むことしかできないのでしょうか。本稿では、ある高齢者夫婦の事例を通して、日本の年金制度と世代間の厳しい現実を描きます。
「年金月13万円」で氷河期世代の子らと同居する佐藤さん夫妻の現実
東京都内在住の佐藤幹夫さん(仮名、73歳)は、「定年後、自分たち夫婦だけでもカツカツなのに、同居している氷河期世代の子ども2人と孫1人の面倒まで見なければならない。その上、年金も減るなんて…」とため息をつきます。佐藤さん夫妻は、合わせて月に13万円の年金で生活しています。以前は喫茶店経営で月10万円程度の収入がありましたが、体調を崩し閉店したため、その収入も失われました。年金だけでは、夫婦二人の生活費さえ賄うのが難しい状況です。
月13万円の年金で厳しい家計をやりくりする高齢者の手元(イメージ)
基礎年金「底上げ」が親世代の年金を圧迫?
最近、基礎年金の給付額を底上げする法案が成立しました。この法案は、将来年金を受給する氷河期世代などにとっては、受給額が最大298万円増えるというメリットがあると試算されています。しかし、男性は63歳、女性は67歳が平均的な「損益分岐点」とされており、これを超えて受給している場合、逆に受給額が減少する可能性があるのです。73歳の佐藤さんと70歳の妻は、まさにこの「損益分岐点」を超えているため、法改正によって年金受給額が減る計算になります。
佐藤さんにとって、この基礎年金底上げ策は複雑な心境をもたらします。国民年金の受給額が増える可能性があるとしても、全体としての年金が減ることは、将来恩恵を受けるはずの氷河期世代の子どもたちのために、親が現在の生活を犠牲に強いられるように感じられるからです。同居している子どもたちが年金を受給できるのはまだ先の話であり、親世代である佐藤さん夫妻はまさに今、受給している年金で自分たちと子ども・孫の生活を支えているのです。親の年金が減ることは、そのまま子どもたちの生活にも悪影響を及しかねません。
年金月13万円で3LDKの家賃10万円…厳しい同居生活
佐藤さん夫妻の年金収入は月13万円です。本来であれば、この収入に合わせて家賃の安い住居へ引っ越すのが経済的な選択肢でしょう。しかし、息子さん、娘さん、お孫さんとの同居には、最低でも3LDKの広さが必要です。現在住んでいる都内の物件は家賃が10万円かかっており、千葉や神奈川に通勤する子どもたちの利便性を考えると、安易に引っ越すこともできません。
同居している子どもたちの経済状況も厳しく、佐藤さん夫妻にのしかかる負担は大きいものです。47歳の息子さんは、派遣社員を経て退社後、数年間のひきこもり期間を経て、現在はフリーランスとして年収200万円前後で生活しており独身です。43歳の娘さんは、証券会社の派遣社員から転職を繰り返し、現在も派遣社員で月20万円程度の収入ですが、離婚してお孫さん(5歳)と共に実家に戻ってきています。このように、カツカツの状態である二人の子どもに加え、孫の面倒まで見なければならないのが佐藤さん夫妻の現状です。
対照的な「バブル世代」を含む兄の家族と「世代ガチャ」の悲哀
佐藤さんは、自身の家庭が置かれた状況を「世代ガチャだ」と悲観しています。なぜなら、兄(83歳)の家族と比較すると、その差は歴然としているからです。兄は元銀行員で厚生年金の受給対象であり、十分な年金で生活できています。さらに、兄の子ども(59歳)は「バブル世代」であり、保険会社に就職して経済的に安定しており、すでにマンションも購入済みです。
世代が違うだけで、生涯賃金や年金額にこれほど大きな差が出てしまう現実を目の当たりにし、佐藤さんは深い無力感と悲哀を感じています。これまでは比較しないように努めてきましたが、定年後の厳しい現実が、その差を際立たせ、みじめな気持ちにさせているのです。「不幸世代コンビ」となってしまった佐藤さん夫妻と子どもたちは、この不公平な「世代間格差」を、ただ「世代ガチャ」という言葉で受け止めるしかないのでしょうか。
世代間格差が生む「不幸世代」の現実
佐藤さんのケースは、年金制度の世代間不均衡と家族への深刻な影響を示します。基礎年金底上げが将来世代に恩恵をもたらす一方で、現在の高齢者、特に未自立の子と同居する家庭には負担増となりかねません。月13万円の年金で住居費や家族の生活費を賄うのは困難で、カツカツの生活を強いられています。これは社会全体でどう世代間の負担を分かち合い、「不幸世代」の共倒れを防ぐかという喫緊の課題です。年金議論が続く中、佐藤さんのような声に耳を傾け、より公平で持続可能な制度設計が求められます。