増加する訪日外国人登山者の遭難リスク:魅力と危険が隣り合わせの日本の山々

近年、訪日外国人客、いわゆる「インバウンド」の勢いが止まりません。日本政府観光局(JNTO)の推計によると、2024年8月の訪日外客数は342万8千人に達し、昨年8月を約50万人近く上回りました。この状況は8月に限らず、2024年は1月以降毎月、月次での過去最多を更新し続けています。こうしたインバウンドの増加は、日本の「山」においても顕著です。正確な統計はまだありませんが、現場の声は外国人登山者の爆発的な増加を伝えています。この背景には、日本の山の持つ独自の魅力がある一方で、不十分な装備や経験不足が招く遭難事故の増加という深刻な問題も浮上しています。

訪日外国人登山者を惹きつける日本の山の魅力

北アルプスなど、3000メートル級の稜線が連なる日本の山々は、海外からの旅行者にとって特に魅力的な目的地となっています。登山ガイド会社「ヤマンザイ」代表で信州登山案内人の川口晃さんは、自身が案内する北アルプスで外国人客が「爆発的」に増えていると指摘します。彼の会社では、インバウンド専属のスタッフを配置してもなお、依頼が後を絶たない状況だといいます。

日本の山が外国人に人気の理由の一つは、ヨーロッパアルプスなどと比較して低い標高帯でダイナミックな景観が広がる点にあります。さらに、山頂までの登山道が比較的整備されており、特別なクライミング技術や道具がなくても挑戦できるというイメージが強いことも影響しています。川口さんは「ヨーロッパではハイキングとクライミングが明確に分かれ、アルプスの山頂を目指すには氷河歩きや岩登りの技術が必要ですが、日本の山は『特別な技術がなくても歩いていけば登れる』という認識が強い」と説明します。

軽装と経験不足が招く遭難事故の増加

ガイド会社に依頼すれば安全面での不安は少ないものの、上記のような「手軽さ」という認識から、不十分な装備で山頂を目指す外国人登山者も少なくありません。2024年10月初旬、紅葉が最盛期を迎えた北アルプス・立山に登った女性は、夕方下山中に軽装で歩いていく外国人登山者を何人も目撃し、「ほとんど荷物も持っておらず、これからどんどん寒くなるのに大丈夫かと心配だった」と振り返っています。

薄着で登山しようとする外国人に対し、適切な装備の重要性を説明する登山指導員。日本の山における安全対策の啓発活動の一例。薄着で登山しようとする外国人に対し、適切な装備の重要性を説明する登山指導員。日本の山における安全対策の啓発活動の一例。

実際、外国人登山者の遭難は増加傾向にあります。2023年には全国の山で100件・145人の外国人遭難が発生し(うち死者・行方不明者11人)、これは統計開始以来最多を記録しました。翌2024年も99件・135人(うち死者・行方不明者7人)と、ほぼ同等の高水準が続いています。

具体的な遭難事例:富士山と羊蹄山

この春先以降も、外国人登山者の遭難に関するニュースが相次いで報じられています。2024年4月には、閉山中の富士山で27歳の中国籍男性が体調不良を訴えて救助されました。しかしその4日後、現場に置き忘れた携帯電話などを回収しようと再び入山し、再び遭難・救助されるという事態が発生し、大きな非難を浴びました。

さらに2024年5月には、北海道・羊蹄山でイギリス国籍の男女が寒さのため行動不能となり、救助を要請する事案がありました。現場はまだ雪が残る時期でしたが、男性はハーフパンツ、女性は半袖シャツ姿だったと報じられ、装備の不適切さが改めて浮き彫りになりました。これらの事例は、日本の山岳環境への認識不足や準備不足が、いかに大きな危険を招くかを明確に示しています。

訪日外国人登山者の増加は日本にとって喜ばしいことですが、同時に安全確保という新たな課題を突きつけています。日本の山の魅力を存分に楽しんでもらうためにも、入山前の適切な情報提供、装備の重要性の啓発、そして必要に応じた専門ガイドの利用が不可欠です。今後、外国人登山者が安全に日本の山を満喫できるよう、より効果的な対策が求められます。

参考文献:

  • 日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数」
  • 朝日新聞デジタル「『弾丸登山』が危ない! 暴風雨や夜間の救助隊の様子」 (dot.asahi.com)
  • Yahoo!ニュース 各種報道(訪日外国人登山者の遭難に関する記事)