石破茂氏が2040年度に名目国内総生産(GDP)を現在の617兆円(24年度)から1000兆円へ、平均所得を5割以上増加させることを参院選公約に盛り込む考えを示したと報じられています(ブルームバーグ 2025年6月10日)。しかし、この目標はマスコミやネット上で大きな話題になっていないようです。直近の国民1人あたり2万円の現金給付案の方が注目を集め、名目GDP1000兆円の議論は影を潜めています(現金給付は、子どもと住民税非課税世帯の大人にはさらに2万円が上乗せされる形となりました)。多くの国民にとっては、15年後の名目GDPよりも、目の前の2万円に関心が向かうのは自然なことでしょう。
名目GDPを経済目標として掲げるのは、やや珍しいケースと言えます。その理由は、物価上昇によっても名目GDPは増加するため、「インフレの影響を除いた実質的な成長ではない」という批判を受けやすいためです。過去の代表的な目標としては、1960年に池田勇人内閣が打ち出した国民所得倍増論があります。これは物価上昇分を除いた実質GDPを、1961年度からの10年間で倍増させるという目標であり、実際には2.437倍を達成しましたが、これは実質的な成長に焦点を当てたものでした。
[次期首相候補とされる石破茂氏が経済政策について語る様子]
安倍晋三内閣でも名目GDPを600兆円とする目標が設定されましたが、これは実質成長率を高めるための成長戦略という政策パッケージの一部として位置づけられていました。岸田文雄内閣でも同様に、政策パッケージの中で名目GDP600兆円目標が掲げられました。今回の石破氏の構想では、目標額が1000兆円に引き上げられましたが、現時点では具体的な政策パッケージが明確になっていない点が、過去の目標との違いとして挙げられます。
経済専門家は「名目GDP1000兆円は実現可能」と分析
石破氏の掲げる1000兆円目標に対し、世間の反応は無関心、あるいは「非現実的だ」という見方が多いかもしれません。しかし、経済専門家の中には、この目標が十分に実現可能であると分析する意見があります。その根拠として、過去20年余りの名目GDPの成長トレンドが挙げられます。
2000年度から2024年度までの名目GDPの年平均成長率は3.5%でした(厳密には3.447%ですが、概ね3.5%と見て良いでしょう)。もしこの3.5%の成長率が今後も続けば、2039年度には1000兆円を超える計算になります。これは、目標年度である2040年度よりも1年早く達成できる可能性を示唆しています。ただし、そのためには現在の経済トレンドが維持されることが条件となります。
名目GDPの実績と、2025年度以降に年平均3.5%で成長した場合の推移を示す分析によると、2012年以前、それ以降、そして直近の4年間で名目GDPの成長率に大きな変化が見られます。具体的には、2000年度から2012年度までの名目GDP年平均成長率はマイナス0.6%でした。これが2012年度から2024年度の期間では平均1.8%に改善し、さらに2020年度から2024年度の直近4年間では平均3.5%と加速しています。
いわゆる「異次元緩和」が導入される前は名目GDP成長率がマイナスであったため、このトレンドが続けば1000兆円に到達することは不可能でした。異次元緩和後の平均成長率は1.8%となりましたが、このペースでは1000兆円達成は2052年までかかってしまいます。つまり、1000兆円が視野に入ってきたのは、異次元緩和の継続によってデフレマインドが徐々に払拭され、結果として名目成長率が3.5%という水準に達した直近のトレンドがあるからです。
名目3.5%成長とは、物価が2%上昇し、実質GDPが1.5%成長するという組み合わせで実現する姿です。物価2%上昇は、日本銀行が金融政策の目標として掲げる水準に近いです(ここで言う物価はGDPデフレータであり、金融政策目標の消費者物価とは厳密には異なりますが、大まかな議論としては問題ありません)。過去の実質GDP年平均成長率は0.6%に過ぎないため、名目GDP成長率を3.5%にするには、物価上昇率を2.9%にするか、実質GDP成長率を1.5%まで高めることが必要になります。
2012年度からコロナショック前の2019年度までの実質GDP年平均成長率は0.9%でした。この期間には2度の消費増税による景気への負の影響も含まれています。したがって、実質GDP成長率を1.5%にまで引き上げることは容易ではないかもしれませんが、コロナショックのような大規模な外部ショックがなければ、実質GDPが年1%程度で成長することは十分に可能であると考えられます。ただし、日本の急速な人口減少率が今後さらに高まると、実質1%成長の維持も難しくなる可能性は考慮する必要があります。
もし、物価が目標通りの2%上昇し、実質GDPが年1%で成長するというシナリオ(名目GDP成長率3%)が実現した場合でも、2040年度には名目GDPは約990兆円に達すると試算されます。これは目標の1000兆円に非常に近い水準であり、「実現できた」と評価しても良い範囲と言えるでしょう。
結論として、石破氏が掲げる2040年度の名目GDP1000兆円目標は、過去のトレンドからは難しかったものの、直近の経済状況(物価の安定的な上昇と一定の実質成長)が続けば十分に達成可能な射程にあると経済専門家は分析しています。目標達成のためには、物価2%上昇の維持と、人口減少下でも実質GDP成長率を可能な限り高めるための政策が鍵となるでしょう。
出典:ブルームバーグ 2025年6月10日「石破首相、自民公約で「40年に所得5割以上増」盛り込みへ-参院選」等に基づく