お腹の赤ちゃんの健康状態を知る手段の一つとして、新型出生前検査(NIPT)が広く行われています。近年、日本医学会の認証を受けていない「無認証クリニック」での検査件数が増加傾向にあり、検査後のサポート体制や遺伝カウンセリングの不足が問題視されています。今回は、こうした無認証クリニックでNIPTを受け、赤ちゃんに特定の染色体異常を示唆する陽性反応が出たとある夫婦の事例を通して、その後のプロセスで直面した困難と、適切な情報・サポートの重要性について掘り下げます。
新型出生前検査(NIPT)に関するイメージ画像
この夫婦(仮名:歩美さんと雄太さん)は、無認証クリニックでNIPTを受け、赤ちゃんが『精巣の機能不全により将来子どもができにくいことがある“クラインフェルター症候群”』である可能性を示す陽性結果を受け取りました。NIPTはあくまでスクリーニング検査であり、確定診断のためには羊水検査が必要です。夫婦は確定診断を受けるべく、まずかかりつけの産院に検査結果を報告しました。しかし、ここで思わぬ壁に直面することになります。
NIPT陽性結果から確定診断へ
NIPTの結果が陽性であっても、これは確定的な診断ではありません。NIPTには偽陽性(実際は陰性なのに陽性と出る)の可能性が一定程度含まれるため、確定診断のためには一般的に羊水検査や絨毛検査といった侵襲的な検査が推奨されます。歩美さん夫婦も、クラインフェルター症候群の可能性を確定させるために羊水検査を受けることを選択しました。
かかりつけ医への相談と無認証クリニックへの言及
歩美さんは、NIPTを無認証クリニックで受けたことをかかりつけの産院の医師には話していませんでした。しかし、羊水検査の相談をする際に、検査を受けたクリニックの名前を伝える必要が生じました。担当の男性医師は、そのクリニックの名前を聞くと、明らかに苦々しい表情を浮かべました。「あー、最近増えてるんですよね、そういうところ。ちゃんと遺伝カウンセリングをしなくて、問題になってるんです。検査をするなら、安心できるところで受けてください」と述べ、無認証クリニックの問題点を指摘しました。かかりつけの産院では羊水検査を行っていなかったため、医師は都内の大学病院への紹介状を作成しました。
大学病院での厳しい対応に直面
1月下旬、歩美さんは紹介された大学病院を訪れました。夫の雄太さんは仕事で同行できず、歩美さん一人での受診となりました。産科の診察室で対応したのは年配の男性医師でした。その医師は開口一番、高圧的な態度で尋ねました。「なんで、NIPTを受けたところで、羊水検査もやらないの?」。
歩美さんが無認証クリニックでの検査だった経緯を説明すると、医師はさらに不機嫌になり、まくし立てました。「そこは無認証施設じゃないの?そういう所でNIPTをやってから、羊水検査のためにうちに来てもね、普通は断るんだよ!」。さらに医師は、「羊水検査の後にどうするか知らないけど、中絶手術はうちではやらない。別のところでやって」と、まだ確定診断も出ていない段階で、一方的に中絶を前提としたような発言をしました。
夫婦の苦悩と検査中止の決断
医師の高圧的で決めつけるような物言いに、歩美さんは強い動揺を覚え、言葉をほとんど発することができませんでした。中絶を希望していると決めつけられたことに対し、内心では強い憤りを感じながらも、その場で反論することはできませんでした。医師は一方的に羊水検査の日時を指定し、診察は終了しました。
待合室に戻った歩美さんは、悔しさから涙が止まらなくなりました。雄太さんに「もう嫌だ。羊水検査を受けたくない」とメッセージを送りました。その後、予約していた遺伝カウンセリングの順番が回ってきましたが、涙が止まらない状態でした。
カウンセリングの部屋に入ると、優しそうな女性遺伝カウンセラーが対応してくれました。歩美さんから事情を聞いたカウンセラーは、「最近、無認証でNIPTをやって、検査後に何もフォローしない無責任なクリニックが増えているから、先生は頭に血が上ったんでしょう」と医師の言動を説明しました。しかし、歩美さんは一度受けた精神的なショックから立ち直れず、もはやこの大学病院で羊水検査を受ける気持ちになれませんでした。結局、検査の予約をキャンセルしました。
自宅に戻った歩美さんは、改めて雄太さんに「羊水検査は受けたくない」と伝えました。雄太さんも歩美さんの気持ちを尊重し、「もう行かなくていいよ」と気遣いました。夫婦にとって、羊水検査を受けずに中絶するという選択肢はありませんでした。これまでの悩みを経て、夫婦は子どもを産む方向へと気持ちを固めていきました。
まとめ:適切な情報とサポートの重要性
この夫婦の事例は、新型出生前検査(NIPT)を受ける場所の選択が、その後のプロセスに大きな影響を与えることを示しています。特に無認証クリニックでは、遺伝カウンセリングを含む十分な情報提供や精神的なサポート体制が不足している場合があり、陽性結果が出た際に、夫婦が孤立し、適切なステップを踏むことが難しくなる可能性があります。確定診断のための検査を受ける際にも、連携が不十分であったり、理解のない医療従事者との間に軋轢が生じたりするリスクも存在します。NIPTを受けることを検討する際には、検査の性質、結果の解釈、その後の選択肢、そして何よりも重要な遺伝カウンセリングの有無と質について、事前に十分な情報を収集し、信頼できる医療機関を選択することが極めて重要です。赤ちゃんとお腹の命、そして夫婦自身の心を守るために、適切なサポート体制の下で検査に臨むことの価値を改めて問い直す事例と言えるでしょう。
参考資料
- 毎日新聞取材班著『出生前検査を考えたら読む本』(新潮社)