出産のため昨年夏から日本に里帰りしていた妻と、生後半年を迎えた第1子がモスクワに移動するのをサポートするため、先月中旬に一時帰国した。日本に到着して妻の実家に向かう途中、電車を利用した。そこで見かけた光景にショックを受けた。
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それは、抱っこひもで赤ちゃんを連れた女性が乗車してきて優先席の前に立ったのにもかかわらず、優先席に座っていた乗客約10人の誰も席を譲らなかったことだ。半数以上が若い男女で、ずっとスマートフォンを見ていた。彼らに「席を譲ったらどうか」と声を掛けようかと考えたが、かえって女性を恐縮させてしまうのではないかとも思え、結局、何もできなかった。女性は30分ほど立ち続けた後、下車していった。
筆者がショックを受けた背景には、親になったことだけでなく、ロシア生活に慣れたこともあるだろう。ロシアの美点は子供や母親への優しさだ。バスや地下鉄などで子供が騒いでいても乗客たちはほほえましそうに眺めるだけで、迷惑そうな顔をしない。子供連れや妊娠中の女性には必ず席が譲られる。ベビーカーを押した母親が階段の前で困っていると、通りがかりの大人が運搬を手伝う光景も日常的に見かける。
私が日本で見たのは極めてまれな光景だったのだと思いたい。(小野田雄一)