ウクライナ戦争の和平に向け、トルコのイスタンブールで5月から6月にかけて行われたロシアとウクライナの直接交渉は、大きな成果なく終了しました。交渉を阻んだ要因は何だったのか、仲介に意欲を示す米国とロシアの思惑は、そして今後の停戦の見通しはどうなるのでしょうか。ロシアの安全保障問題に詳しい笹川平和財団の上席研究員、畔蒜泰助氏に聞きました。(共同通信=太田清)
6月9日、ウクライナ北部チェルニヒウ州で捕虜交換により帰還したウクライナ軍兵士たち
交渉実現の背景と障害
3年ぶりとなるロシアとウクライナの直接交渉が実現した背景には、仲介に意欲を示すトランプ米大統領の動きがありました。トランプ大統領は3月、まずウクライナに対し30日間の無条件停戦を提案。ウクライナ側は、凍結されていた兵器やインテリジェンス情報の供与再開を条件にこれに応じました。
その後、トランプ大統領はプーチン・ロシア大統領に対しても無条件停戦の受け入れを説得しましたが、プーチン大統領は電力・エネルギー施設への攻撃の30日間停止を逆提案しました。これは一時実施されたものの、ロシア、ウクライナ双方が攻撃停止違反を非難し合う中で、期限切れに終わりました。
関係国の思惑と主導権争い
5月に入り、ウクライナは英国、フランス、ドイツ、ポーランドなどの欧州諸国を後ろ盾とし、ロシアが30日間の無条件停戦を拒否した場合、米国がより強力な経済制裁を発動するという提案を突き付けました。
一方、プーチン大統領は既に2月のトランプ大統領との最初の電話会談で、戦争が勃発した「根本となる諸問題」の解決が必要であるという立場を明確にしていました。もとより戦況で優位に立つロシアにとって、現時点で停戦を受け入れることにメリットはありません。
5月16日、トルコ・イスタンブールでのロシアとの直接交渉に臨んだウクライナ代表団
そこでプーチン大統領は、停戦・和平交渉の主導権を取り返そうと、逆に2022年4月以来となるイスタンブールでのウクライナとの直接交渉を逆提案しました。トランプ氏が受け入れの意思を表明したことで、停戦実施抜きでの直接会談の流れが決まったのです。ウクライナのゼレンスキー大統領はプーチン大統領との首脳会談を逆提案するなど抵抗を試みましたが、プーチン大統領は22年4月にウクライナ側の思惑で中止されたイスタンブールでの停戦・和平交渉の再開を意図しており、ほぼ当時の交渉団をイスタンブールに派遣しました。
6月2日、トルコ・イスタンブールでウクライナとの直接交渉後に記者団と話すロシア代表団率いるメジンスキー大統領補佐官
ロシアが米国仲介に応じた理由
ロシアが米国仲介の受け入れに応じた思惑としては、トランプ米政権がバイデン前政権とは異なり、当初からウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟を否定するなど、ロシア側に好意的に受け止められていたことが挙げられます。ロシアとしては、トランプ政権との一定の関係を維持するとともに、ロシアとの貿易相手国に対する2次関税をはじめとする制裁強化を回避したいとの思惑もあり、米国の仲介に応じることが得策であると判断しました。
曲折を経て決まった直接交渉ですが、ここで浮き彫りとなったのは、トランプ米政権誕生を受け、ロシアとウクライナ・欧州側の双方がトランプ政権を味方に付けようと画策し争うという複雑な構図です。
結論
今回のイスタンブールでの露ウクライナ直接交渉は、米国の仲介という外部要因によって実現したものの、両国の根本的な立場の隔たり、特に戦況で優位に立つロシアに現時点での停戦メリットが少ないことから、具体的な成果には繋がりませんでした。交渉の背景には、来るトランプ米政権を巡る各国間の主導権争いと駆け引きがあり、この複雑な地政学的な要因が今後の和平交渉の見通しを立てる上で重要な鍵となります。現状では、戦況に大きな変化がない限り、停戦実現への道は依然として険しいと言えるでしょう。
参考文献
本記事は、笹川平和財団上席研究員である畔蒜泰助氏へのインタビューに基づいています。