河野裕子氏と永田和宏氏、現代を代表する歌人夫婦の40年にわたる歩みを綴った不朽の名作『たとへば君 四十年の恋歌』(文春文庫)が、朗読劇として新たに生まれ変わり、上演されることが決定した。学生時代の出会いから、2010年に妻・河野氏が闘病の末に先立つまでの歳月を、互いの短歌と散文で表現した本作。多くの読者に感動を与えてきたこの作品に、浅野ゆう子氏と中村梅雀氏という実力派俳優が挑む。河野裕子役を演じる浅野氏に、本作への想いを聞いた。
浅野ゆう子が語る朗読劇への挑戦
朗読劇化の話を聞き、原作を読んだのは昨年の夏頃だったという浅野氏。「とても素敵なお話である一方、40年間もの時間を過ごされたご夫妻の死別を描いた、切なくも悲しい実話でもあります。難しい挑戦となりますが、中村梅雀さんという素晴らしい俳優さんの胸をお借りし、単なる朗読ではなく『朗読劇』ですので、あくまで『芝居』として観客にお届けしたい」と、本作へかける意気込みを語った。
短歌表現の難しさ
原作には、夫婦がお互いを詠んだ相聞歌(恋愛歌)が数多く掲載されている。今回、膨大な量の短歌を朗読することになるが、浅野氏にとって短歌を朗読で表現するのは初めての経験だ。「短歌ひとつひとつは大切な思いの込められた作品ですので、一字一句間違いのないように丁寧に朗読しなければいけません」。同時に、「気を付けなければと思っているのは、短歌を読むときに感情を込めすぎないということです。歌のなかには凝縮されたつよい思いがすでにありますので、それがストレートに観客の方々に届くように、なるべくフラットに読むことを心がけています」と、独自の表現方法を模索していることを明かした。
声だけで演じる人生の変遷
『たとへば君 四十年の恋歌』という副題が示す通り、浅野氏が演じるのは20代から60代までの河野裕子氏の姿だ。若い頃から死の間際までを演じ分ける必要性も、難しさのひとつと語る。「普通、舞台であれば年齢関係なく演じることはできるんですよ。でも今回の朗読劇では衣装替えもありませんので、見た目を変えることはできない。声の高さや表情だけで、若い女子大生の時分から結婚し子どもが生まれ、最終的には闘病する姿を演じなければなりません」。声と表情のみで、歌人の人生の変遷を表現する難しさとやりがいを語り、「河野先生が年齢を積み重ねていく様子を表現できればと思っています」と抱負を述べた。
朗読劇「たとへば君 四十年の恋歌」に出演する浅野ゆう子
胸を打つ一首
河野裕子氏の短歌の中で特に印象に残っている歌として、浅野氏は《何といふ顔してわれを見るものか私はここよ吊り橋ぢやない》を挙げた。この歌は2000年、乳がんを告知された直後に河野氏が病院の外で永田氏と落ち合った瞬間のことを詠んだ作品だという。「『吊り橋ぢやない』という表現に驚きますよね」。永田氏が癌を告げられた直後の河野氏を直視できなかった様子に対し、河野氏は「もっとちゃんと自分を見てほしい」と感じた。浅野氏は「人間らしい気持ちがストレートに表現されていて、胸の奥にグッと刺さってきます」と、この歌に込められた感情の強さを語った。
『たとへば君 四十年の恋歌』の歌人、河野裕子氏
公演詳細
朗読劇『たとへば君 四十年の恋歌』は、新国立劇場 小劇場にて2025年9月17日(水)から20日(土)まで上演される。チケットの一般発売は6月20日(金)10時より開始される。詳細は公式サイトにて確認できる。
https://artistjapan.co.jp/performance/ajrt_tatoebakimi2025/
まとめ
歌人夫婦の深い愛情と人生を描いた『たとへば君 四十年の恋歌』が朗読劇として蘇る。浅野ゆう子氏と中村梅雀氏という経験豊かな俳優が、短歌表現や声色だけで人生を演じ分けるという難役に挑む本作は、原作の感動を新たな形で伝える試みとなる。河野裕子氏の力強くも人間らしい歌々が、朗読劇を通じて観客の心に響くだろう。
出典: 週刊文春 2025年6月26日号 / Yahoo!ニュース (ブンシュンオンライン)