長年にわたり読者に愛される漫画の中には、連載途中で物語の方向性やジャンルを大きく変える作品が存在します。こうした「路線変更」は、時に読者を驚かせつつも、作品に新たな魅力をもたらすことがあります。ここでは、特にインパクトの大きかった名作漫画の意外な変貌に焦点を当てます。
漫画家・水島新司氏の代表作『ドカベン』シリーズは、46年という長期連載を誇る伝説的な野球漫画です。主人公「ドカベン」こと山田太郎が、高校球児からプロ野球選手へと成長し、仲間やライバルたちと繰り広げる熱戦が描かれ、多くの野球ファンを魅了しました。
しかし、連載開始当初、『ドカベン』はまさかの「柔道漫画」でした。転校してきた山田太郎がひょんなことから柔道部に入部し、段位を獲得したり大会に出場したりと、柔道に打ち込む姿が描かれていたのです。当時柔道漫画として読んでいた読者にとって、その後の大胆な野球漫画への路線変更は、大きな驚きをもって受け止められたでしょう。
ドカベン 第1巻表紙：柔道着姿の山田太郎と岩鬼正美
このように、ギャグ漫画からバトルものに転じたりと、それまでの作風とは異なる方向へと舵を切る作品は少なくありません。ファンを大いに驚かせた、名作漫画の意外な路線変更の例をさらに見ていきましょう。
スポーツ漫画からギャグ漫画へ変貌『行け!!南国アイスホッケー部』
『かってに改蔵』『さよなら絶望先生』など、独自の切れ味を持つギャグ漫画の担い手として知られる漫画家・久米田康治氏。1991年から『週刊少年サンデー』（小学館）で連載された『行け!!南国アイスホッケー部』は、久米田氏の漫画家デビュー作であり、本作もまた連載中に大きな方向転換を見せました。
タイトルが示す通り、本作は当初「アイスホッケー」をテーマにした作品でした。カナダで活躍していた有名選手である主人公・蘭堂月斗が、弱小チームの助っ人として転校してくることから物語が始まります。月斗はチームを盛り上げ、仲間たちと共に強豪校と戦う姿が描かれました。
しかし、単行本4巻を迎えるあたりから、この流れは大きく変わります。アイスホッケーの試合や練習描写が激減し、代わりに月斗を中心としたノンストップの「ギャグ展開」が前面に出てくるようになったのです。序盤にもコメディ要素や月斗のスケベな一面は描かれていましたが、4巻以降はこれが特に強調され、下ネタを含むギャグが容赦なく繰り広げられる作風へと変貌しました。
また、『行け!!南国アイスホッケー部』は、作風だけでなく、絵柄の変化も顕著です。アイスホッケーを描いていた頃は比較的リアルタッチな人物描写でしたが、後半はデフォルメが強まり、久米田氏が後に手がけるギャグ漫画作品に近い絵柄へと変化していきました。この時期に、彼の代名詞ともいえる切れ味鋭い独特のギャグスタイルが確立されていったと言えるかもしれません。
これらの作品に見られる急激な方向転換は、当時の読者に大きな衝撃を与えましたが、結果としてその作品独自の魅力や、後の代表作に繋がるルーツを垣間見せる貴重なエピソードとなっています。
