社会問題となっている電動キックボードの危険運転や迷惑運転。これらの行為がなぜ野放しになりがちなのか、その背景には、事業者が政府や自民党に働きかけ、電動キックボードの法改正を実現させた経緯があると考えられます。本記事では、この法改正がどのようにして、多くの国民にとって「知らないうちに」実現してしまったのか、その詳細な過程を法律の専門家の知見をもとに解説します。かつて車両として厳格な規制を受けていた電動キックボードの法律が、なぜそしてどのように変化したのか、その裏側を探ります。
かつての電動キックボードと「車両」としての扱い
学校で習う「法律は国民の代表が集まる国会で作られる」という原則とは別に、社会の動きを見ていると、あまり馴染みのない法律が突然現れたり変わったりするような印象を受けることがあります。これは、国民の生活に影響を与える法律であっても、その制定や改正のプロセスが大きく報道されない限り、関心を持ち続けるのが難しいからです。
最近、街中で見かけることが増えたライトグリーンの電動キックボード(電動KB)。ほんの数年前には稀だったこの光景は、ある法改正が一つの大きなきっかけとなっています。電動KB自体は2010年代半ばから存在していましたが、日本の法律上では「車両」として道路交通法の適用を受けていました。電動モーターの定格出力に応じて、原動機付自転車や普通自動二輪車などに区分され、それぞれの規制対象となっていたのです。特に定格出力が0.60キロワット以下の最も低いものであっても、原付として扱われるため、運転には当然ながら免許が必要でした。無免許運転は懲役刑を含む罰則の対象でした。
特定小型原動機付自転車の新設:何が変わったか
しかし、2023年7月1日に施行された改正道路交通法により、状況は一変しました。この改正によって、電動KBのうち最高速度が20km以下であるものは「特定小型原動機付自転車」という新しいカテゴリが設けられました。これにより、16歳以上の者であれば、運転免許を持たずに公道(車道や自転車道)を走行することが可能になったのです(ただし、歩道や路側帯は走行できません)。
街中を走る電動キックボード(特定小型原動機付自転車)のイメージ写真
多くの国民にとって、この道路交通法改正は突然のように感じられたかもしれません。では、なぜこのような電動キックボードの法律が、比較的短期間で実現したのでしょうか。
法改正を後押しした事業者の動きとロビー活動
この電動キックボード 法改正の背景には、電動KBの普及を目指す事業者の存在があります。これらの事業者が複数集まり、「マイクロモビリティ推進協議会」という業界団体を設立しました。この業界団体が、法改正に向けた積極的な働きかけを行ったのです。
その過程には、経済産業省への提言、規制のサンドボックス制度(新技術等実証制度)を利用した実証実験、新事業特例制度に基づく公道での事業実施、そして自民党MaaS議連へのロビー活動などがあります。これらの活動を経て、一気に法改正へと繋がる流れが作られました。事業者と国会議員の間で、どのようなやり取りがあったのかは不明ですが、おそらく多くの議員がマイクロモビリティの社会的意義や重要性を強く認識し、純粋な使命感から法改正に向けた働きかけを精力的に行ったものと推察されます。
規制サンドボックス制度の活用とその目的
ここで活用された規制サンドボックス制度は、現行法規制の下では実施が難しい新技術を用いたビジネスモデルの社会実装を目指し、規制官庁の認定を受けて実証実験を行う仕組みです。2018年6月に導入された比較的新しい制度であり、内閣官房の資料では「まずやってみる!」をスローガンに掲げ、事業化や規制の見直しを目標としています。この制度自体が、新技術や新事業を社会に受け入れてもらうために、規制緩和を促進することをかなり強く意識していると言えます。
電動KBのケースでは、当初、公道ではなく国立大学の構内などで実証実験が行われたようです。法改正を支える理由として、ロビー活動の中で様々なメリットがアピールされました。例えば、マイクロモビリティの規制緩和が遅れることによる海外事業者との競争力低下を防ぐこと、人口減少や高齢化が進む地域での代替的な移動手段としての活用、大都市圏におけるラストワンマイル(最終目的地までの短い距離)の移動手段としての可能性、そして車両の安全性の高さや環境負荷の小ささなどが強調されたのです。
法改正の背景にあるもの
今回の電動キックボード 法改正は、単に新しい乗り物が登場したという話に留まりません。その背景には、事業者による積極的な働きかけと、それを後押しする特定の制度や政治の動きが存在しました。国民の多くがその過程を知らないうちに、私たちの街の風景と交通ルールは大きく変わったのです。現在問題となっている危険運転や迷惑運転といった社会問題と、この法改正の経緯は、今後も議論されるべき重要な点と言えるでしょう。
【参考文献】
中村真『世にもふしぎな法律図鑑』(日本経済新聞出版)