新しい種類のドラッグは絶えず出現し、当局との規制と流通のイタチゴッコが続いている。この度、5月に新たに指定薬物となったのは、海外で麻酔薬として使用されてきた「エトミデート」だ。この物質がなぜ問題となり、どのように広まっているのか、その実態に迫る。特に近年、若者を中心に広がっているエトミデートは、健康被害や異常行動を引き起こす危険性が指摘されており、早急な対策が求められている。
未承認麻酔薬「エトミデート」が指定薬物に
厚生労働省は5月26日、国内で未承認の麻酔薬であるエトミデートを指定薬物として定め、所持、使用、購入などを禁止した。近年、エトミデートは特に沖縄県内で、あたかも「笑気麻酔」であるかのような偽装を伴い、新たな危険ドラッグとして急速に流行。主に10代、20代の若年層の間で蔓延していた。このドラッグは、VAPE(電子タバコ)用のリキッドに混ぜられた状態で密売されているのが特徴である。
沖縄で急拡大、若者中心に蔓延の実態
沖縄県内のメディア記者の話によれば、県内では昨年頃から「即効性のある脱法ドラッグ」として、主に若者の間で蔓延していたという。当局がエトミデートの蔓延を把握するきっかけとなったのは、県内で発生した交通事故の捜査からだったとされる。事故の関係者が飲酒しているかのような状態だったため、呼気検査を実施したがアルコールは検出されず、違法薬物の使用が疑われた。その所持品を調べた際に、エトミデート成分が混入されたVAPEリキッドが発見されたのだ。同時期には、那覇市内の繁華街でたむろする少年らへの職務質問でも同様のリキッド所持が相次いで確認されたという。県警は2月から4月にかけて、短期間で150個ものリキッドを押収している。
健康被害の危険性、迅速な薬物指定の背景
このような状況を受け、5月1日には九州厚生局沖縄麻薬取締支所、通称「マトリ」が記者発表を実施。「死亡例を含む健康被害や異常行動を引き起こす場合がある」危険ドラッグとして、エトミデートの危険性を強く訴えた。指定薬物に指定されるまでは、エトミデートの所持や使用自体は法的に”合法”であったため、マトリは危機感を募らせていた。そのため、県警と連携し、摘発事例や健康被害リスクに関する広報活動を積極的に行った結果、今回の指定薬物指定に繋がったという経緯がある。前出のメディア記者は、沖縄県内の小中学校や高校への注意喚起も行われていたことに触れ、ユーザー層が若かったことが当局の迅速な対応を促した可能性を示唆している。
安価で若年層に浸透する流通ルート
では、エトミデートは現地で具体的にどのような形で流通していたのだろうか。沖縄の暴力団関係者によると、「切れ目の早いダウナー系のドラッグが流行っているという話が去年くらいから噂になっていた」という。「草(大麻)に似た鎮静効果があると言われるが、効き目は数秒程度しか持続しないらしい。リキッド1本あたり3000円程度で密売されているという話だった」と関係者は語る。特に那覇市の歓楽街である松山地区のクラブで広く出回っているとの情報があり、関係者自身も自身の縄張りで、半グレのような若い売人が扱っている現場を押さえたことがあるという。押収された物は、県外から持ち込まれた可能性が高いと見られている。
香港・台湾でも問題化、「ゾンビベイパー」出現
沖縄で流行が確認されたエトミデートだが、実はそれ以前からアジアの他の地域でも社会問題となっていた。中華圏の事情に詳しいライターの廣瀬大介氏は、香港や台湾でも2023年末頃からエトミデートが流行し始め、街中で痙攣を起こしながら立ち尽くす姿や、道路の真ん中で踊ったり、寝そべったりするなどの異常行動が各地で報告されたと指摘する。これらの使用者は若年層が中心であり、香港では1本あたり6000円程度で売買され、中学生の乱用も深刻な問題となっている。リキッドにはイチゴ、マンゴー、カシスといったフルーツフレーバーが添加されていることが多く、女性ユーザーが多いのも特徴の一つだ。
香港や台湾のSNSで報じられたエトミデート(ゾンビVAPE)使用者の路上での異常行動事例
エトミデートのように、新たな形で出現する危険ドラッグは、特に情報に疎い若年層を標的にし、その蔓延は深刻な健康被害と社会問題を引き起こす。今回の指定薬物化は抑止の一歩となるが、水面下での密売や国際的な流通ルートへの警戒は怠れない。新たなドラッグの脅威に対し、継続的な情報提供と啓発活動の重要性が改めて浮き彫りとなっている。