ドラマ「あんぱん」朝田のぶの「間違った教育」への謝罪:史実に見る教師の葛藤

NHK連続テレビ小説「あんぱん」で、主人公・朝田のぶ(今田美桜)と柳井嵩(北村匠海)の再会が描かれました。1946年を舞台にした最新エピソードでは、4年ぶりに顔を合わせた二人の間に時間の経過と戦争がもたらした影が色濃く映し出されています。特に、教師を辞めたのぶが自身の戦時中の「間違った教育」について深く後悔し、子供たちに謝罪するシーンは、視聴者に強い印象を与えました。この記事では、「あんぱん」で描かれるのぶの苦悩と、史実における戦時下の教師たちの責任について掘り下げます。

朝ドラ「あんぱん」で主人公・朝田のぶを演じる今田美桜朝ドラ「あんぱん」で主人公・朝田のぶを演じる今田美桜

のぶが子供たちに伝えた「謝罪」の中身

のぶが再会した嵩にまず明かしたのは、「教師を辞めた」という事実でした。その根底には、自身が教え子たちの自由な心を抑圧し、間接的にその家族の死(戦没など)に関わってしまったのではないかという深い自責の念がありました。戦時中、のぶは国家主義と忠君愛国の思想を子供たちに浸透させるため、教育勅語を教え、道を歩く子供が「お国のために戦います」と言うと「えらい」と褒め、「日本は戦争に勝ちます」と断言しました。のぶは敗戦後の1946年、教え子たちに対し、「先生はみんなに間違うたことを教えてきました」と謝罪しました。この謝罪は、1936年に女子師範学校で国家主義教育を叩き込まれた頃には想像もできなかった行動です。

史実としての教師の戦争責任と「教職追放」

のぶのような教師による子供たちへの謝罪は、「あんぱん」の中だけの話ではありません。敗戦後、全国各地で教師個人の判断により行われました。GHQ(連合国軍総司令部)は教師の戦争責任を重視し、国家主義教育に関わった教師の追放を1945年10月から開始しました。その結果、7000人以上が公職から追放され、のぶのように自らの責任を感じて辞職した教師はさらに多数に上ると言われています。多くの教師が国家主義教育に関与していましたが、当時の状況があったとしても「仕方なかった」では済まされないという厳しさが同時に存在しました。

「大きい波」への抵抗は可能だったのか

戦時下の国家主義教育に関わった教師たちの苦しみは、その難しさにありました。中には、戦時下にあっても国家主義教育に懐疑的であったり、断固として拒否したりした教師もいたからです。例えば、1937年には平和教育に取り組んでいた京都府京丹後市の小学校教員が警察で事情聴取を受け、その最中に変死するという痛ましい事例がありました。警察は遺族に遺体を医師に見せないよう命じたとされています。その教員の墓石には「平和を愛し戦争に反対して」と刻まれており、享年42でした。これは、石材店を営む朝田家の住み込み従業員・原豪(細田佳央太)が日中戦争に出征したのと同じ年です。これは、当時の体制への抵抗がいかに困難であったかを示す一例です。

のぶの内なる葛藤と自責の念

第63回で再会した嵩に対し、のぶは戦時中の自らの心境を赤裸々に語りました。「立ち止まって考えるのが恐かった」「大きい波に逆らうのは恐かった」と振り返り、当時の同調圧力や体制への恐怖が行動を規定していたことを示唆しました。しかし、彼女は責任逃れを一切せず、深い罪悪感を抱いています。「うち、生きとってええがやろか」という言葉には、戦争という時代、そして自身が行った教育の結果に対する強い自責の念が込められています。

「洗脳」された世代:女子師範学校の実態

のぶの苦悩の背景には、彼女が女子師範学校で受けた洗脳的な教育があります。千葉県女子師範学校出身の作家、志賀葉子氏は著書『教育と戦争 ─我が青春に悔いあり─』の中で、「国家主義、軍国主義に洗脳されて、疑う事なく国策に沿って努力したのである」と述べています。戦時下、教育機関における洗脳教育の実例は少なくありませんでした。

変化するのぶと周囲の影響

のぶは当初、1937年の第27回で描かれたように、国家主義教育に懐疑的でした。担任の黒井雪子(瀧内公美)は、彼女が体育大会で走ることすら許しませんでした。しかし、1938年の第35回で「愛国の鑑」と呼ばれるようになると、嵩から届いた偽名の手紙も不問に付されるなど、体制側からの扱いが変わります。のぶの幼なじみで同級生の小川うさ子(志田彩良)もまた、当初は黒井の指導に反発していましたが、なぎなたなどの努力が評価されるにつれて黒井に傾倒していきました。これらの描写は、戦時下の環境と評価が、個人の思想や行動をいかに変化させていったかを示しています。

「あんぱん」が問う、時代と個人の責任

朝田のぶの子供たちへの謝罪は、「あんぱん」が描く戦争と教育、そしてその時代における個人の責任という重いテーマを改めて浮き彫りにしています。洗脳や同調圧力があったとはいえ、自身が行った教育の結果と向き合い、謝罪するのぶの姿は、現代社会においても通じる教訓を含んでいると言えるでしょう。「あんぱん」は、単なるドラマとしてだけでなく、過去の歴史から学び、将来を考えるための重要な視点を提供しています。

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