金正恩総書記の母、高容姫の「孤独な死」を追うジャーナリスト五味洋治氏の新著

北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の生母である高容姫(コ・ヨンヒ)氏は、「北朝鮮体制のために孤独な死を迎えた」。これは、ジャーナリストである五味洋治氏(67)が長年追跡してきた高容姫氏の人生について語った言葉だ。2024年6月20日、東京で五味氏に会った際、彼は最近北朝鮮が高容姫氏に関する記録を消去しようとしている背景には、いわゆる「在日コリアン」出身であるという事実が無関係ではないと指摘した。この日は、五味氏が過去10年にわたり取材を重ねた『高容姫 「金正恩の母」になった在日コリアン』が出版された日だった。

高容姫氏の知られざる生い立ちと北朝鮮でのキャリア

五味氏は、2017年に毒殺された金委員長の異母兄、金正男(キム・ジョンナム)氏と最も頻繁に会ったジャーナリストとして知られ、北朝鮮の世襲問題を長らく取材してきた人物だ。「金委員長の生母はどのような人物か」という疑問から始まった五味氏の探求は、大阪の鶴橋へと彼を導いた。北朝鮮最高権力者の母への言及を避けようとする人々から話を聞き出し、パズルのピースを埋めていった。

高容姫氏は1952年に大阪の鶴橋で生まれ、10歳で父・高京沢(コ・ギョンテク)氏と共に北送船に乗った。父の高京沢氏は、韓国と日本を行き来しながら密貿易を行っており、韓国で逮捕された経歴があったため、日本からの強制退去の危機を迎え、北朝鮮を選択したとされる。

高容姫氏が「功勲俳優」の称号を受けたのは、20歳の1972年のことだ。当時の最高指導者である金正日(キム・ジョンイル)総書記の寵愛を受け、万寿台芸術団の一員として日本公演も行った。この来日中、日本の親戚らは高容姫氏を訪ねたが、門前払いされたという。これは、北朝鮮の「最高尊厳」の寵愛を受ける立場にあった高容姫氏が、在日同胞という自身の出自を認めにくい状況にあったためだと五味氏は見ている。

新たな写真やエピソードが語る真実

今回出版された書籍では、高容姫氏と金正哲(キム・ジョンチョル)、金与正(キム・ヨジョン)氏が一緒に海外で撮影された写真や、日本を旅行した際に使用された偽造パスポートの写真なども初めて公開された。

北朝鮮の金正恩氏の母、高容姫に関する著書を出版したジャーナリスト五味洋治氏北朝鮮の金正恩氏の母、高容姫に関する著書を出版したジャーナリスト五味洋治氏

五味氏は「10歳まで日本で暮らした高容姫氏が、息子である金正恩氏に日本の歌や日本語を教えたという話がある」と説明した。彼女の日本での経験が、息子の幼少期に影響を与えた可能性を示唆している。

高容姫氏は1997年頃から乳がんの治療を受け始め、51歳という若さでパリで死去したが、今回の書籍では、随行員と共に黒いサングラスと白い帽子を着用し、車椅子で移動する姿が写った写真が初めて公開されている。

五味洋治氏の著書で公開された、高容姫氏と若い頃の金正哲氏、金与正氏とみられる兄妹が写った写真五味洋治氏の著書で公開された、高容姫氏と若い頃の金正哲氏、金与正氏とみられる兄妹が写った写真

また、高容姫氏の妹である高英淑(コ・ヨンスク)氏に関するエピソードも伝えられた。五味氏は「金正哲、金正恩、金与正兄妹の世話をして『オンマ(お母さん)』と呼ばれていた高英淑氏が、姉のがん治療について調べるために姉の名前で米国にビザを申請したが、拒否されたという話もある」と語った。これは、高容姫氏の病状と、それを巡る家族の状況の緊迫感を示している。

日本に残る親戚と書籍への思い

五味氏は、現在も日本には金正恩委員長の親戚が約50人ほど存在すると指摘している。彼は今回の本の出版によって、北朝鮮が日本との関係を改めて考え直すきっかけになることを望むと述べた。在日コリアンとしての出自を持つ高容姫氏の人生を通じて、北朝鮮指導者と日本の間に存在する隠された繋がりや、その複雑な歴史的背景に光を当てることは、今後の日朝関係を考える上でも重要な視点を提供するだろう。高容姫氏の「孤独な死」は、体制の内側で翻弄された個人の悲劇であると同時に、北朝鮮が抱える出自や血統に関するタブー、そして日本との切っても切り離せない縁を示唆している。