政府・与党内で議論が紛糾した末、年金改革法案が国会で成立しました。この改革案には賛否両論がありますが、日本の年金制度の安定化と将来的な高齢者の貧困抑制に一定の効果をもたらすことは間違いありません。今回の改正の中核は国民年金の「基礎年金底上げプラン」ですが、これに対して「厚生年金の積立金が国民年金だけに流用される」という誤解や批判が生まれました。選挙を控えていた自民党は一時法案提出をためらうなど混乱が見られましたが、最終的には立憲民主党などの強い要請もあり、当初の計画通り基礎年金底上げを含む形で採決されました。
今回の基礎年金底上げは、現状の公的年金制度において十分とは言えませんが、特に「氷河期世代」の老後貧困問題を解決する上で最も効果的な手段の一つであり、全体として国民にとってメリットが大きいと言えるでしょう。反対意見の多くは、基礎年金を底上げするために厚生年金の積立金が活用される点に集中していましたが、これは誤解に基づいています。
誤解「厚生年金だけが損をする」の真相
一部の国民が「厚生年金の年金が減り、国民年金のみの受給者にそのお金が回る」と誤解している状況が見られます。しかし、厚生年金の加入者であっても、全国民共通の「基礎年金」には加入しています。日本の公的年金制度は1985年の制度改正で基礎年金制度が創設され、国民年金と厚生年金は事実上統合された体系になっています。したがって、基礎年金底上げの原資として厚生年金積立金の一部を活用することには、相応の合理性があります。
基礎年金だけしか受給しない加入者(主に自営業者など)がより有利になる側面は確かにありますが、厚生年金の加入者の基礎年金部分も底上げされるため、彼らの年金も増加します。つまり、「厚生年金加入者だけが損をする」という批判は、基礎年金制度が全国民共通であるという前提を見落とした誤解に過ぎません。
基礎年金底上げを含む年金改革法案の成立
なぜ誤解が生まれたのか?年金制度の構造的課題
基礎年金の底上げという、本来メリットのあるはずの改革に対してこれほど異論が出る背景には、日本の年金制度が長年の間に「つぎはぎ」を繰り返してきた複雑な構造になっており、全体像や明確な方向性が見えにくくなっていることが大きく影響しています。
本来、基礎年金という形で最低限度の年金を確保するのであれば、河野太郎氏ら一部の政治家が主張するように、基礎年金部分を全額税金で賄い、保険料徴収なしに一定金額を給付する「税方式」のほうが趣旨に合っています。しかし、基礎年金を税方式に移行すれば、保険料負担は減る代わりに消費増税は避けられません。政府・与党は、この根本的な議論から長年逃げ続けてきました。税方式を採用せず、現行の保険料方式のまま基礎年金の底上げを図るには、結果として厚生年金の積立金を活用する形が最も現実的な選択肢となるのです。
改革の真の目的:高齢者貧困の抑制
日本の公的年金制度には様々な課題がありますが、最大の懸念であった財政問題については、「マクロ経済スライド」の導入により改善傾向にあります。しかし、この仕組みは現役世代の保険料負担増を抑えるため、高齢者の年金を物価や賃金の上昇ほど引き上げない(実質的に減額する)ものであり、特に国民年金のみを受給する低年金高齢者への影響が大きいという課題がありました。
今回の基礎年金底上げプランは、まさにこのマクロ経済スライドによる低年金高齢者の実質的年金減額をカバーすることを目的としています。この制度が導入されたことで、特に経済的に困難な状況に置かれがちな「氷河期世代」から、将来大量の高齢者貧困者が出てしまうという最悪の事態だけは回避できる可能性が高まりました。今回の改革は、制度全体の抜本的な見直しとは言えませんが、差し迫った社会課題である高齢者貧困、特に低所得者層の生活を下支えするための現実的な一歩と言えます。
参考文献
https://news.yahoo.co.jp/articles/b7b5b4ae81feb9cc7e64f44eeca8d34bd2684f40