台湾本島から西へ約50キロ離れた澎湖島は、豊かな海産物と南国情緒で知られる一方、かつて日本統治時代に構築された砲台や弾薬庫の跡が示すように、長年にわたり軍事的な要衝としての顔も持ち合わせている。戦後80年を経た現在も、この島が持つ防衛上の重要性は変わらず、台湾の安全保障における最前線となっている。この地で近年、通信インフラへの攻撃やサイバー空間での脅威が頻発しており、その背景には中国との関連が指摘されている。
台湾防衛の戦略拠点「澎湖島」の重要性
台湾政府の防衛政策アドバイザーを務める国防安全研究院の蘇紫雲所長の案内で、澎湖島の軍事施設を視察した。馬公(まこう)にある軍港には、この日、4000トン級のフリゲート艦3隻が停泊しており、中国軍の接近に備えた緊迫感が漂っていた。蘇所長によれば、最新のミサイル発射基地も整備されており、最大射程180キロのミサイルは中国本土にも到達可能だという。レーダー施設なども含め、比較的小さな島ながら約1万2000人もの兵士が常駐している。
台湾の防衛は、金門島、馬祖島、そして澎湖島を結ぶ三角形の要衝によって本島が守られているという戦略が取られている。中でも澎湖島は、中国本土から適度な距離があり、大規模な部隊を展開し集中させるのに地理的に優位性があるため、防衛の要としての役割が大きい。しかし、この重要な島の周辺海域で、近年、驚くべき事件が発生している。
澎湖島近海に停泊する台湾海軍のフリゲート艦
澎湖島沖で多発する海底ケーブル切断事件
澎湖島と台湾本島を結ぶ通信の生命線である海底ケーブルが切断されるという事件が、蘇紫雲所長によって明らかにされた。この事件の取材を続ける台湾の中立系メディア「報導者」の汪彦成さんは、切断行為に中国と関連のある貨物船が関与している強い疑いを抱いているという。その根拠として複数の証拠が挙げられている。台湾当局に拿捕された中国の貨物船「宏泰58」は、事件発生時、現場海域で極めて不審な動きを繰り返していたことが判明している。
汪彦成さんが作成した貨物船の航跡を記録した動画を見ると、船はまるで海底に錨(いかり)を引きずっているかのような、異常なジグザグ軌道を描いている。拿捕された船首には、本来2つあるはずの錨が1つしか残っていなかった。これは、意図的に錨を海底に下ろして航行し、海底ケーブルを切断した後、その際に錨が損傷または切断された可能性が高いことを示唆している。
澎湖島近海で異常なジグザグ航跡を描く貨物船の追跡データ
さらに、この船には船名を特定しにくくするための巧妙な工作が施されていた。船名を表示する部分が、野球のスコアボードのように文字を自由に変更できる構造になっていたという。こうした偽装工作は、犯行の発覚を遅らせ、追跡を困難にするための意図的な行為と考えられる。今年に入って台湾周辺海域で発生した海底ケーブル切断事件は既に5件に上り、今回の「宏泰58」のケースが初めて立件された事例となった。起訴された船長は2025年6月に懲役3年の判決を受けている。「報導者」の張鎮宏さんは、海底ケーブルの切断行為が今後さらにエスカレートする可能性を懸念しており、これが台湾にとって非常に深刻な影響を与える打撃となりうると指摘している。
台湾の専門家が澎湖島の防衛戦略と海底ケーブル切断事件について語る
台湾の通信インフラを狙うサイバー攻撃の脅威
台湾が直面している脅威は、物理的な通信インフラへの攻撃だけではない。台北市にある民間のサイバーセキュリティ会社によると、台湾に対するサイバー攻撃は1日に約240万件にも達しており、その中でも特に中国からの攻撃が近年急増しているという。当初は政府機関や軍事施設を標的とした攻撃が中心だったが、最近では民間の重要インフラや施設を狙ったサイバー攻撃が増加傾向にあると、TeamT5の李庭閣さんは述べる。
例えば、台北市にある馬偕紀念医院では、大規模なコンピューターウイルス感染により500台以上の端末が被害を受け、救急外来を含む診療体制に深刻な影響が出た。こうした情報通信の途絶や、社会機能を麻痺させることを狙った悪質な事件の多発は、「台湾統一」に向けた軍事行動やハイブリッド戦略の予行演習ではないかとの懸念が高まっている。澎湖島における物理的なケーブル切断事件と並行して行われるサイバー空間からの攻撃は、台湾の脆弱性を突く多角的な戦略の一環として捉えられており、その動向は台湾だけでなく、地域の安全保障に関わる国々にとって注視すべき重大な課題となっている。
台湾有事に関連し、情報通信への攻撃を示唆するイメージ