ロシアによるウクライナ侵攻以降、欧州では核兵器に対する容認論が高まっているとの認識が、2017年にノーベル平和賞を受賞した国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)に参加する欧州各国の団体から示されています。この変化の背景には、ロシアの脅威への恐怖に加え、「核の傘」を提供する米国のトランプ政権に対する不信感が市民感情に影響を与えている点があります。核兵器廃絶を目指す活動にとっては逆風となっており、関係者からは「核兵器が自国を守ってくれるという“神話”が受け入れられやすくなっている」との強い懸念の声が上がっています。
共同通信は2024年3月から6月にかけて、7カ国のICAN本部や参加団体に取材を実施しました。その結果、欧州における核兵器を取り巻く環境の変化が浮き彫りになっています。
欧州で高まる核兵器容認論の背景
欧州での核兵器容認論の高まりは、ロシアによるウクライナへの全面侵攻という地政学的な大きな変化と深く結びついています。ロシアが明確な軍事的脅威として認識されるようになったことで、「自国も核兵器を持つべきだ」「核抑止力こそが安全保障の要だ」という考え方が広く浸透し始めています。これは、長年議論されてきた核兵器の倫理的・人道的な問題よりも、現実的な安全保障上の懸念が優先される傾向を強めています。
さらに、北大西洋条約機構(NATO)を通じた「核の傘」提供国である米国の政治情勢も影響を及ぼしています。特に、過去の言動から同盟国との関係性や核政策の予測不可能性が指摘されるドナルド・トランプ元大統領が再び政権を担う可能性が、一部の欧州市民や政治家の間に不信感を生んでいます。この不信感が、既存の安全保障体制への疑問符を投げかけ、結果として自国による核武装や、より明確な核抑止力への傾倒を促す一因となっている側面も否定できません。こうした複雑な要因が絡み合い、かつてはタブー視されることもあった核兵器への肯定的な見方が表面化しやすい状況が生まれています。
ニューヨークの国連本部で開かれた核兵器禁止条約第3回締約国会議の様子
スウェーデンの事例とICANへの影響
長年軍事的な非同盟・中立政策を維持してきたスウェーデンは、ウクライナ侵攻を受けて安全保障政策を大きく転換し、2024年3月にNATOへの正式加盟を果たしました。スウェーデンのICAN参加団体に所属するヨセフィン・リンド氏は、「ロシアが明確な脅威となり、こちらも核兵器を持つべきだとの抑止力の論理が浸透している」と述べ、国内世論の変化を証言しています。
このNATO加盟は、米国の核抑止力に依存する「核の傘」への支持が、政治家だけでなく市民の間でも急速に拡大したことが背景にあります。かつて核廃絶運動を主導してきた団体内部にも、こうした考え方が広がる影響が出ています。実際に、ウクライナ侵攻後の国際情勢の変化を見て、核兵器の必要性を感じるようになり、運動から離脱するメンバーも現れるなど、核兵器廃絶を目指す活動にとっては深刻な影響が出ています。欧州における安全保障環境の変化は、核兵器を巡る議論のあり方を根本から揺るがし、核廃絶運動の今後の道筋に大きな課題を投げかけています。
結論:核廃絶への道は険しく
欧州における核兵器容認論の高まりは、ロシアのウクライナ侵攻とそれに伴う安全保障環境の激変、そして主要な核保有国である米国の政治的不確実性が複雑に影響し合った結果です。核抑止力への回帰や「核の傘」への依存を支持する声が強まる中、核兵器廃絶を訴える活動はかつてないほどの逆風に直面しています。「核が安全を守る」という認識が市民の間に広がりやすい状況は、核廃絶という目標達成に向けた道のりがより一層険しいものとなっていることを示唆しています。今後の国際社会は、高まる核リスクと核廃絶への機運低下という二重の課題にどう向き合うかが問われています。
参照元:
- 共同通信 (Original Source, via Yahoo News)