オーストラリア・ワーホリの「光と影」:高時給の裏に潜む日本人搾取の実態

円安が続く日本から、高時給を求めてオーストラリアのワーキングホリデー(ワーホリ)へ「出稼ぎ」に行く若者が殺到しています。しかし、その輝かしい「稼げる」イメージの裏には、一部で横行する労働搾取や、報道とはかけ離れた過酷な労働実態が存在することをご存知でしょうか。日本経済への不安を抱える若者にとって、オーストラリアは経済的チャンスの地に見えますが、その「ワーホリの闇」に直面し、泣き寝入りを強いられるケースも少なくありません。本記事は、オーストラリアにおける日本人ワーホリの実態を3回に分けてリポートするシリーズの第1回として、その深刻な問題に深く切り込みます。

イチゴ農場で賃金カットや未払いに苦しむ日本人ワーホリ労働者、高橋さん。オーストラリアでの労働搾取の一例。イチゴ農場で賃金カットや未払いに苦しむ日本人ワーホリ労働者、高橋さん。オーストラリアでの労働搾取の一例。

「稼げる」ワーホリの誘惑:経済的苦境からの脱却

福岡で製薬会社の営業マンとして、時に深夜まで1日平均14時間もの激務を3年間続けた岡野隼大さん(35)。心身の疲弊から鬱状態となり、休養のため西表島へ渡り、土産店で正社員として働き始めました。残業は無くなったものの、月給13万円、手取り約10万円という生活は手元にほとんどお金が残らないものでした。しかし、そこから4年後の2024年3月、彼の預金口座には1300万円もの残高があり、これは30代の平均貯蓄の2倍強に当たります。

西表島での生活の後、新型コロナウイルスが世界を襲い始める直前の2020年2月、岡野さんは一縷の望みをかけてオーストラリアへと旅立ちました。ワーキングホリデービザを取得し、3年間にわたり、卵工場や肉の解体工場作業員、ドラゴンフルーツの収穫労働者など、様々な職種に挑戦しました。

彼の戦略は、効率的に貯金するため、あえて最寄りの都市まで車で2時間以上かかるような地方の職場を選ぶことでした。物価の高いオーストラリアで生活費を抑えるため、家賃の安い場所に住み、レストランにも行かず毎日自炊することで、日本よりも高い生活費を賢く管理し、着実に貯蓄を増やしていったのです。

肉体労働の過酷な現実:解体工場での日本人体験談

2023年9月、シドニーで筆者が岡野さんに会った際、彼は別のビザで日本語学校に勤務していました。しかし、ワーホリ中の肉の解体工場での勤務について語る彼の左手首には、生々しい傷跡が残っていました。「4針ですかね、縫いました」と彼は当時を振り返ります。解体工場ではナイフの使い方の研修はほとんどなく、「隣の人の動作を見て覚えろ」という暗黙のルールの中で、いきなり現場に放り込まれる状況だったといいます。

彼が配属されたのは、特に力が必要で、なぜかアジア系労働者が多いとされる内臓の切り分けセクションでした。ベルトコンベヤーで流れてくる内臓を、ラインが止まることなく次々に処理しなければならない状況。売れるものを廃棄すれば(白人の)スーパーバイザー(上司)から厳しく叱責されるため、焦りからナイフが肉に引っかかり、勢い余って自身の左手を刺してしまったのです。このような負傷は、職場では月に数回起こる珍しくない事故だったと岡野さんは証言します。

さらに、滑りやすい内臓を強く握り固定していた左手中指の爪は、圧迫によって内出血を起こし、最終的には剥がれてしまったと語りました。高時給の裏側で、日本人ワーホリ労働者が直面する過酷な工場労働の実態、そして労働問題の深刻さが浮き彫りになります。

オーストラリアでのワーキングホリデーを終え日本に帰国した岡野隼大さん。彼の経験は「稼げる」イメージとはかけ離れている。オーストラリアでのワーキングホリデーを終え日本に帰国した岡野隼大さん。彼の経験は「稼げる」イメージとはかけ離れている。

華やかな報道と隠された実態の乖離

2023年から2024年にかけて、日本の大手メディアは「『安いニッポンから海外出稼ぎへ』~稼げる国を目指す若者たち~」「豪ワーホリに日本の若者殺到 工場で月50万円稼ぎ描く夢」といった見出しで、オーストラリアでのワーキングホリデーを「経済的チャンス」として大々的に報じました。日本の停滞する賃金水準とは対照的に、毎年引き上げられるオーストラリアの最低賃金(現時点で時給24.95豪ドル)は、日本経済に不安を抱く多くの若者を引き付け、2022年頃からコロナ禍の制限緩和とともに日本人ワーホリビザ取得数は急増し、2024年6月までの1年間で1万7095件に上っています。

確かに岡野さんは、ワーホリを通じて十分な貯蓄を築くことができました。しかし、彼の左手に残された生々しい傷跡と、メディアが報じるきらびやかな「稼げるワーホリ」のイメージは、あまりにもかけ離れているように思えます。高賃金の魅力に隠された、日本人ワーホリの実態、特に一部で指摘される労働搾取や危険な作業環境は、日本の若者たちが海外に出稼ぎを考える上で、無視できないリスクとして認識されるべきでしょう。

ワーキングホリデーの多角的視点:高賃金とリスクのバランス

オーストラリアのワーキングホリデーは、円安と日本の賃金停滞の中で、多くの若者にとって魅力的な「出稼ぎ」の機会を提供しています。実際に高額な貯蓄を達成するケースがある一方で、本稿で紹介した岡野さんのような日本人ワーホリ労働者は、時に危険な労働環境や、労働搾取に直面する現実も存在します。メディアが報じる華やかなイメージだけではなく、その裏に潜む「ワーホリの闇」にも目を向けることが重要です。海外での労働を検討する際は、高賃金という一面だけでなく、潜在的なリスクや労働条件、そして緊急時の対応策について、多角的な情報収集と慎重な準備が不可欠と言えるでしょう。

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