住宅街を歩いていると、「私道につき立入禁止」といった看板を見かけることがあります。しかし、実は日本の私道の権利態様は非常に曖昧なのが実情です。栃木県那須塩原市の分譲地で、わずか3坪の私道部分を1万円で購入した筆者の経験からは、登記制度の不整合や住民間の独特な暗黙のルールといった問題が見えてきました。本記事では、「所有権の拡大解釈」すら横行するという、この日本の私道が抱える現実の姿に迫ります。
1万円で購入された那須塩原市の分譲地内の私道。県道によって一部が分断されている様子。
住宅地の私道とは?所有形態の多様性と公道化のハードル
民間業者が開発した住宅分譲地では、行政が管轄しない「私道」が多く存在します。大規模開発地で不特定多数の通行が見込まれる道は、開発当初から公道指定されたり、後に自治体へ寄付されて公道となることが多いです。しかし、公道化の基準を満たせない袋小路や幅員の狭い私道は、今も土地所有者名義のまま残ることが多いです。一般的には分譲地の所有者全員による共有名義が多いものの、特に1980年代以前は法的なガイドラインが不明確だったため、私道の権利態様は開発業者によって多様でした。私道部分が開発業者単独名義の場合や、細切れになった私道部分を各区画所有者が個別に所有するケース、あるいは各区画の敷地の一部を提供し合って私道を構成するケースなどがあります。
公衆用道路としての実態と非課税
私道の権利形態がどうであれ、実際に地域住民の生活道路として利用されている場合、自治体は固定資産税算出の根拠となる課税地目を「公衆用道路」とし、非課税として扱います。これは法務局管轄の登記簿上の地目とは異なります。公衆用道路は公共の用途に供されるべき道とみなされるため、たとえ分割共有であっても、自分の名義の私道部分だからといって、独占的に私物化するような使い方は認められません。
私道利用のトラブルと「私物化」
しかしながら、分割私道や敷地一部提供型の分譲地では、一部の所有者が私道部分を自己の所有地と独占し、他の住民の通行を妨害するトラブルがしばしば発生します。これは私道を巡る典型的な問題の一つです。筆者が取材で訪れるような「限界分譲地」では、さらに進んで道路上に小屋が建てられたり、建設用の足場が山積みされたりするケースさえ見られます。都市部の私道では、特定の住民が植木や私物を置いて問題となることが多いですが、その根底にあるのは同じ「私物化」の意識です。
分割所有にみる不文律
こうした私道の私物化を防ぐため、分割私道の分譲地では、意図的に自分の宅地とは地理的に離れた位置にある私道部分が割り当てられていることがあります。これは開発業者によって異なりますが、例えば筆者の住む横芝光町の分譲地もこの「分割共有」型です。筆者名義の私道の所有権は、自宅の宅地部分から50mほど離れた場所にあり、自宅とは接していません。自宅前の道路部分は別の区画所有者の名義です。これは、お互いにバラバラの場所にある私道部分を所有することで、自宅前の私道の占有・私物化を防ぎ、私道全体を分譲地全体の区画所有者による連帯責任とするための工夫と言えます。ただし、これは登記上で明確に規定されているものではなく、あくまで地域社会における暗黙の了解、あるいは不文律として機能している実態に過ぎません。
所有権と現実のギャップ
公衆用道路として地域に認知され、広く公共の用途に供されている道であれば、たとえ分割所有の私道の所有者本人であっても、その使用を妨害すれば訴えられる可能性は高いでしょう。しかし、登記簿上ではあくまで、細かく切り刻まれた土地(私道)をそれぞれ一筆ずつ別々に所有している、という事実に変わりはありません。ここに、日本の私道所有権が抱える、法的な形式と現実の使用状況との間のギャップが象徴的に表れています。所有権は存在するものの、その権利行使は公共性や地域内の不文律によって強く制限されているのです。
結論
結論として、日本の住宅街に存在する私道は、「私道につき立入禁止」の看板が示す以上に、その所有権や利用形態が複雑かつ曖昧な存在です。歴史的な背景、法整備の遅れ、そして地域住民間の暗黙の了解が混在することで、登記上の所有権と現実の使用状況に大きなギャップが生じています。公衆用道路としての非課税措置や、私物化を防ぐための独特な所有形態など、一見すると矛盾するような実態は、日本の私道が持つ特異な性格を示しています。私道に関わる住民は、法的な側面だけでなく、こうした地域社会の不文律をも理解しておく必要があると言えるでしょう。
参照
本記事は、吉川祐介氏の著書『バブルリゾートの現在地 区分所有という迷宮』(角川新書)の一部記述および関連情報に基づいています。