『機動戦士ガンダム』で知られるアニメーション映画監督、富野由悠季氏(83歳)が5月8日、東京都内で開催された宇宙ビジネスに関するイベント「SPACETIDE 2025」に登壇し、驚くべき発言を行った。「人類は宇宙では暮らせない」と述べ、自らの代表作であるガンダムが描いた宇宙移民実現の可能性について否定的な見方を示したのだ。
SPACETIDE 2025での対談後、富野由悠季監督と稲谷芳文JAXA名誉教授が笑顔を見せる様子
SPACETIDE 2025での対談後、富野由悠季監督と稲谷芳文JAXA名誉教授が笑顔を見せる様子
イベントには宇宙産業に情熱を燃やす人々が多く集まっており、司会者も富野氏のファンが多いことに触れた上で対談がスタートした。しかし富野氏は冒頭から、「火星に移民しようと言っているおめでたい人たちというのは、宇宙空間の過酷さを理解していない。また、宇宙との距離感を想像する能力を持っていない人たちの集まりだ」と、集まった宇宙ビジネス関係者らを前に厳しい指摘を投げかけ、客席に動揺が走った。特に、火星までの往復における燃料補給の現実的な課題を挙げ、「向こうに補給基地はないという事実を考えないで、人間を火星まで送り込もうと言うのは全部素人だ」と、無計画な移住論を強く批判した。
ガンダムが描いた宇宙像との葛藤
富野氏がガンダムで描いた世界観では、人口増加に対応するため、一部の人類が地球を離れ、宇宙空間に建造された巨大なスペースコロニーに移住し生活している。しかし、作品を制作する過程で、登場人物の宇宙での移動や生活のリアリティについて約20年間深く考え続けた結果、最終的には「人は宇宙では暮らせない」という結論に至ったという。富野氏は「この話はガンダムを作っているときには一度も発言ができなかった」と、当時の制作現場での葛藤を振り返り、会場からは笑いが起こった。また、宇宙空間での人やモノの輸送手段としてアニメで描かれた「宇宙エレベーター」についても言及し、その映像を見せながら「このエレベーターは1両編成ではなく5両編成。このくらいの規模でないと物流というものを成立させることができないし、物流が成立しなくては社会生活はできない」と、SF的アイデアにも現実的な物流の視点が不可欠であることを強調した。
低軌道宇宙旅行の提案と地球を見ることの価値
一方で、富野氏は実現可能な宇宙との関わり方として、異なる提案を行った。「低軌道衛星まで人を運び、周回ツアーを行えばいい」と述べ、〝宇宙旅行〟を通じて人々が宇宙から地球を眺める機会を持つことの価値を強調した。外から地球を見ることで、「世界観が変わる」と語り、地球上での課題や見方に対する新たな視点を得られる可能性を示唆した。これは、遠い宇宙への移住という困難な目標よりも、比較的現実的な低軌道での体験を通じて、人々の意識や世界観を変化させることの方が重要であるというメッセージとも受け取れる。
富野氏の今回の発言は、自身の代表作が提示した未来像と現在の現実認識との間に存在するギャップを率直に語るものであり、多くの宇宙ビジネス関係者やファンに、宇宙開発の夢と現実的な課題について改めて考えるきっかけを与えた。
出典: Yahoo!ニュース