リニア中央新幹線は本来、品川―名古屋間が2027年に開業する予定だった。しかし、2024年6月25日に名古屋市で行われたJR東海の株主総会で、経営陣はリニアの開業時期について「見通せない」と説明せざるを得ない状況となった。関係者の間からは、改めて川勝平太・前静岡県知事による“負の置き土産”を指摘する声が多く上がっている。
川勝氏は早稲田大学や国際日本文化研究センターで教授を務め、2007年には静岡文化芸術大学の学長に就任した。その頃から県政のブレーンとして関与しており、2009年の知事選で初当選を果たした。
当選当初、川勝氏はリニア建設に対して理解を示していると見られていた。2010年に中央新幹線小委員会に呼ばれた際には、中央新幹線への期待を述べていたほどだ。しかし、知事2期目の2016年9月、県議会においてリニア建設は「静岡県に何もメリットがない」と突如批判し、大きな注目を集めた。
リニア建設に冷淡な態度を露わにする一方で、川勝氏は静岡空港に東海道新幹線の新駅を建設することには強い執着を見せた。担当記者によれば、静岡空港が開業した2009年の翌年、開業1周年の記念式典でも新幹線新駅の実現に言及するなど、一貫したこだわりを見せていた。JR東海は新駅開業に難色を示し、両者の意見は平行線をたどっていた。この状況に変化が生じたのは2013年である。
リニアの静岡工区でトンネル工事が開始されると、大井川の流水量が減少する可能性が明らかになった。川勝氏はこれに飛びついた。
JR東海は、流水減少の原因となるトンネル内に流れ出る水を、導水路トンネルを使って大井川に戻す対策を発表した。JR東海の対策案は専門家によって科学的に妥当だと認められており、これを基にJR東海は静岡県や流域自治体と協議を重ねていた。
唐突な辞職が記憶に新しい川勝平太前静岡県知事の姿
しかし、2017年6月の知事選で川勝氏が3選を果たすと、その態度は劇的に変化した。同年10月の定例記者会見で突然、JR東海の姿勢を「不誠実」と断じ、「堪忍袋の緒が切れた」と怒りを顕わにしたのである。川勝氏はJR東海に対し、「リニアのトンネル内で湧き出る静岡県の地下水は、工事中であろうと開業後であろうと、一滴残らず全量を県内に戻せ」と要求した。これが実現しない限り、工事を認めないという態度を硬化させた。
あまりの豹変ぶりに、一部の地元メディアは「静岡空港の新幹線新駅が認められないことに対する意趣返しか」と川勝氏に繰り返し質問したが、その答えは明確ではなかった。当初は、「環境を重視する姿勢は地元の知事として好ましい」と川勝氏を擁護する意見も確かに存在した。
しかし、2023年になると、川勝氏の主張はあまりに異様であると全国ニュースでも注目を集めるようになった。山梨県内でトンネル工事を実施するためのボーリング調査を行うとJR東海が発表した際、川勝氏がこれに“難クセ”を付けたのだ。
静岡県知事時代の川勝平太氏。リニア問題での強硬姿勢で注目された
誰が考えても、山梨県内で行われるボーリング調査に静岡県が文句を言う筋合いはないはずである。しかし、川勝氏は「山梨県内のボーリング調査で発生する湧き水は静岡県の湧き水だ」と主張した。これに対しては、川勝氏寄りの議論を展開していた静岡県の有識者会議ですら、科学的な見地からその主張を否定した。にもかかわらず、川勝氏は自身の説が正しいとして主張を繰り返したため、最後は山梨県の長崎幸太郎知事が定例会見で「我々の頭越しに、何がしかおっしゃっていただくのは願わくばご遠慮願いたい」と苦言を呈する事態にまで発展した。
今回のJR東海による開業時期「見通せない」との説明は、こうした川勝前知事の一連の強硬な姿勢や主張が、リニア中央新幹線の建設進捗に多大な影響を与えた結果であると言えるだろう。川勝氏が残した“負の置き土産”が、プロジェクト全体の遅延という形で改めて浮き彫りになっている。