後味が悪く、観る者の心に重くのしかかる「実話ベース」の日本映画は、その衝撃的な内容から社会に問いを投げかけます。2020年公開の『MOTHER マザー』は、実際に起きた凄惨な事件を題材に、親子の歪んだ関係性や“毒親”という社会問題の闇を深く抉り出しました。本作は単なるフィクションを超え、私たちに現実の恐ろしさと見過ごされてきた問題の存在を鮮烈に突きつけます。
『MOTHER マザー』:衝撃の実話から生まれた親子の物語
映画『MOTHER マザー』の重厚な雰囲気を示す一枚
2020年公開の『MOTHER マザー』(上映時間126分)は、大森立嗣監督・脚本、港岳彦共同脚本による社会派作品です。長澤まさみと奥平大兼が主演を務め、阿部サダヲ、夏帆、皆川猿時、仲野太賀、土村芳、荒巻全紀、大西信満、木野花、郡司翔、浅田芭路といった実力派俳優陣が脇を固めています。
本作は、仕事もせず男にだらしない母親・三隅秋子(長澤まさみ)のもとで育った少年・周平(奥平大兼)の物語です。貧困とネグレクトの中、一家は転々と移り住み、周平は幼い妹の面倒を親代わりとして見ていました。閉鎖的な環境と秋子の歪んだ倫理観の影響下で、周平は成長。やがて秋子の指示により、彼らは秋子の両親を殺害し、金を奪うという想像を絶する犯罪に手を染めます。逮捕後、秋子は殺人を否定し周平に罪をなすりつけますが、周平はそれでも母をかばい続けます。しかし、最終的に秋子の指示が明らかとなり、彼女は懲役2年6月、執行猶予3年の刑を受けます。秋子は反省の色を見せず、「自分の子どもを自由にして何が悪い」と悪態をつき、奪った金もパチンコで使い果たしました。
「川口高齢夫婦殺害事件」と“毒親”問題の深層
『MOTHER マザー』で衝撃的な演技を見せた長澤まさみ
『MOTHER マザー』のモチーフとなったのは、2014年に埼玉県で発生した「川口高齢夫婦殺害事件」です。当時17歳だった少年が祖父母を刺殺したこの事件は、犯行後の施錠など身内の犯行を示唆するものでした。裁判では、少年の不幸な生い立ちや「学習性無力感」が情状酌量の争点となり、懲役15年が下されました。一方、唆したとされる母親には、強盗・窃盗罪で懲役7年の求刑に対し、懲役4年6月の判決が言い渡され、さいたま地裁は母親の責任の重さを厳しく指摘しました。
「毒親」の概念は、昭和から存在し、2000年代以降に社会問題として再認識されましたが、定義や行政・警察の介入には限界があります。これにより、家庭内の問題解決策は未だ確立されないままです。『MOTHER マザー』は、そうした現代社会が抱える未解決な問題に強烈な一石を投じます。長澤まさみが「最後まで共感できない役」と語った秋子像は、子どもを精神的に支配する毒親の恐ろしさを鮮烈に表現。少年が母の言いなりになった背景には、育児放棄された妹への責任感と、もし逃げれば妹がどうなるかという強い恐れがありました。裁判でなお母を庇った周平の行動は、この歪んだ母子関係の究極の現れです。実話の背景を知ることで、『MOTHER マザー』のメッセージは一層深く心に刻まれるでしょう。
映画『MOTHER マザー』は、単なるエンターテインメントに留まらず、フィクションの枠を超えて現実の事件が持つ凄惨さ、そして現代社会が抱える“毒親”という根深い闇を突きつけます。本作は、親子の関係性や人間の心の奥底に潜む闇、そして社会における支援のあり方について深く考察する機会を与えてくれるでしょう。この衝撃的な物語を通して、目を背けてはならない問題への理解を深めることが、より良い社会を築く一歩となるはずです。
参考資料:Yahoo!ニュース