東京・町田市にある「ラスベガス」と名付けられたデイサービスが、要介護者や高齢者から絶大な人気を集めています。その秘訣は、ポーカーや麻雀といったカジノの要素を大胆に取り入れた、これまでにない革新的なアプローチにあります。利用者のマダムたちが、ディーラーの手元を食い入るように見つめる光景は、従来の高齢者施設では見られなかった活気に満ちています。
「子ども扱い」からの脱却:革新的な発想の源流
施設を運営する日本シニアライフの森薫社長(48)は、かつて運営していたデイサービスが直面した課題を振り返ります。「以前は折り紙や童謡を歌うような従来のデイサービスでしたが、『子ども扱いするな』という声が多く、利用者の足が遠のくこともありました」。転機は米国ラスベガスへの視察でした。車椅子や杖をついた高齢者が生き生きとカジノを楽しむ姿を目の当たりにし、「これだ!」と直感したそうです。以来、約2年をかけて世界のカジノを徹底的に視察し構想を練り上げ、2013年に東京都足立区に1号店をオープン。現在では全国20店舗を展開し、約1300人が登録する規模に成長しています。
豪華な空間と独自の「ベガス通貨」システム
「ラスベガス」は、高齢者が自ら「行きたい」と思えるような工夫が随所に凝らされています。送迎には黒塗りのワンボックスカーが迎えに来て、施設に到着すると赤い絨毯の上を歩き、天井からは豪華なシャンデリアが輝きます。施設内では、軽い運動を行うとオリジナルの通貨「ベガス」が配布されます。利用者はこの「ベガス」を元手に、ポーカー、麻雀、パチンコといったゲームを楽しむことができるのです。こうした非日常的な空間と、ゲームを通じて得られる興奮が、利用者にとって大きな魅力となっています。
デイサービス「ラスベガス」のポーカーテーブルでゲームに熱中する高齢者女性たち。真剣な表情は、カジノ要素がシニアの活性化と認知機能向上に繋がる可能性を示唆しています。
高齢者の声:「真剣になれる勝負ごと」と認知症予防の効果
実際に「ラスベガス」を利用している81歳の女性は、ポーカーで大勝ちした日の喜びを語ります。「他のデイサービスを4軒利用しましたが、小さな人形を作ったりするばかりでつまらなかったのよ。ここは勝負ごとだから真剣になるし、仲間もできてワクワクします。家にいたらつまらないテレビを一日見るだけ。ボケて当然よね」。日本老年精神医学会認定医で、あしかりクリニックの芦刈伊世子院長も、「ラスベガスさんに限ったことではありませんが、皆で楽しく自発的に体を動かしながらの活動は、認知症の予防や認知機能の改善につながります」とその効果を指摘しています。大勝ちしてもオリジナル通貨は換金できませんが、皆の前で表彰されることが、利用者にとっては何よりも大きな喜びとモチベーションになっているといいます。
「ラスベガス」の試みは、高齢者ケアにおける画期的なアプローチとして注目されています。単なる身体介護だけでなく、精神的な活性化と社会的なつながりを提供することで、高齢者のQOL(生活の質)向上に貢献し、生きがいと活力を与える場となっています。このような自発的な活動を促す環境は、高齢社会における新たな可能性を示唆しています。
参考文献
- 撮影・西村 純
- 「週刊新潮」2025年7月17日号 掲載
- 新潮社