三田紀房氏の人気受験マンガ『ドラゴン桜2』を題材に、現役東大生(文科二類)の土田淳真氏が教育と受験、そしてその先にある社会の本質を読み解く本連載。今回は、数学における「定理」や「命題」といった基本概念に光を当て、それが現代社会の複雑な議論にいかに応用できるかを考察します。数学が単なる学問に留まらず、私たちのコミュニケーションや社会問題を解決するための「共通言語」となる可能性を探ります。
漫画『ドラゴン桜2』の表紙イラスト。受験指導を通じて学ぶ登場人物たちの姿が描かれている。
三平方の定理:数学の基礎を問う挑戦
『ドラゴン桜2』の作中では、数学講師の柳鉄之介が生徒の天野晃一郎と早瀬菜緒に対し、苦手科目克服の一環として「三平方の定理」の証明を求めます。この定理は「ピタゴラスの定理」としても知られ、直角三角形において最も長い辺(斜辺)の2乗が、他の2辺の2乗の和に等しいというものです。
紀元前から存在が知られ、中学生でも理解できる簡潔な証明方法がある一方で、2023年にはアメリカの高校生によって新たな証明方法が発見されるなど、その奥深さは尽きることがありません。しかし、そもそも数学における「定理」とは一体何でしょうか。そして、なぜその証明が重要なのでしょうか。
「定理」と「命題」の明確な定義
数学において「定理」とは、おおむね「証明された真なる命題」と定義されます。では、「命題」とは何か。「命題」とは、「真偽が客観的に定かである主張」のことです。例えば、「2は奇数である」という主張は「偽」ですが、その真偽が明確であるため、れっきとした「命題」に他なりません。命題が必ずしも「正しい」ことを意味しない点が重要です。
そして、定理を理解する上で不可欠なのが「定義」の概念です。「定義」とは、ある言葉の意味を明確に定めることであり、「偶数=2で割り切れる整数」や「直角三角形=直角を持つ三角形」などがその典型例です。これらの明確な定義が、数学における論理的思考の出発点となります。
議論の基盤を支える「公理」の役割
一つの定理に対して「なぜ?」と問いを深めていくと、最終的にはそれ以上証明できない基本的な事柄にぶつかります。例えば、先述の三平方の定理も、「平行でない2つの直線は1点のみで交わる」といった大前提がなければ成り立ちません。これが「公理」と呼ばれるものです。
「公理」とは、「証明なしに真であると仮定される基本的な性質」を指します。ユークリッド幾何学における「平行でない2つの直線は1点のみで交わる」や、ペアノの公理における「どんな自然数に対してもその次の自然数が存在する」などが具体的な例です。数学の定理は基本的に、こうした公理から論理的に導き出されます。このように、数学は思考の源泉となる「定義」や「公理」を明確に定めることで、計算や思考の「共通言語」を確立しているのです。これにより、議論の際に理解のずれが生じても、どこまでが共通認識であるかを容易に確認できるようになります。
数学的思考が導く、現代社会の対話術
数学が思考の出発点となるルールを厳密に定め、そのルールのもとで議論を進めるという基本的な仕組みは、現代社会の対話において大いに見習うべきものです。SNSなどで日常的に見られる意見の対立や誹謗中傷は、往々にして「どこが違うか」ばかりに焦点が当てられがちです。しかし、本当に重要なのは、「どこまでは一致しているか」「どこまではお互いが正しいと認識しているのか」を確認することにあります。
もちろん、社会システムは数学のように厳密に定義できるものではなく、証明なしに肯定できる「絶対的な価値観」が少ないのも事実です。しかし、だからといってこの数学的アプローチを無視して良いわけではありません。互いの意見の前提を柔軟に確かめ合うことで、共通の理解が深まり、新たな「定理」、すなわち社会に還元される解決策や合意が生まれる可能性を秘めているのです。
数学の「定義」「命題」「定理」「公理」といった概念を深く理解することは、単に学問の知識を広げるだけでなく、現代社会における複雑な意見対立を乗り越え、建設的な対話を築くための強力な論理的思考の基盤を提供します。『ドラゴン桜2』が示すように、学びの本質は現実世界への応用にあると言えるでしょう。共通の認識と明確な前提を共有する「共通言語」の構築こそが、より良い社会を築く鍵となります。
出典: ダイヤモンド・オンライン
著者: 土田淳真