K-POPブームの陰で…韓国が抱える「公演施設不足」の深刻なジレンマと日本の役割

世界的なK-POPブームが加速する中、その巨大な経済効果が本拠地である韓国国内に十分に還元されていないという指摘が強まっています。大規模なコンサートや授賞式がアジア各国へと場所を移す傾向にあり、特に日本はその恩恵を大きく受けています。この背景には、韓国におけるK-POP公演を受け入れるインフラの決定的な不足が存在します。韓国は、エンターテインメント産業の「ソフトパワー」としてK-POPを掲げながらも、その基盤となる施設面での課題に直面し、経済的機会の逸失が懸念されています。

K-POP大規模公演の「海外シフト」と日本の成功例

近年、K-POPを代表する大規模イベントは、その舞台を韓国国外へと広げています。CJ ENM主催の「MAMA AWARDS」はその顕著な例であり、2023年と2024年に連続して東京ドームで開催されました。この2日間で延べ9万人を動員し、関連する経済効果は約1300億ウォン(約140億円)に上ると試算されています。

K-POPグループSEVENTEENも、2023年には日本5都市で合計33万人を動員するスタジアムツアーを成功させました。特筆すべきは、単なる公演に留まらない「THE CITY」プロジェクトです。これは、各都市をテーマパークのように活用し、スタンプラリーや限定グッズ販売、ブランドコラボレーションなどを展開するもの。自治体と民間企業が連携し、街ぐるみでK-POP体験を提供する環境を整備することで、ファン体験を最大化し、地域経済への貢献も実現しました。これらの事例は、日本が大規模公演施設と、それに伴う都市を巻き込んだプロモーション戦略の両面で優位性を持っていることを示しています。

本拠地・韓国の深刻な「公演施設不足」

K-POP発祥の地である韓国では、大規模な公演施設の不足が深刻な問題となっています。現在、4万人以上を収容可能な会場はソウルの蚕室総合運動場程度しかありませんが、同施設は2027年から改修工事に入るため使用不能となります。次点のソウルワールドカップ競技場もサッカー専用スタジアムであり、音響や観客の視界の問題が指摘されています。

2022年釜山コンサートでのBTSファン「ARMY」。K-POP大規模公演の観客熱気を捉えた写真。2022年釜山コンサートでのBTSファン「ARMY」。K-POP大規模公演の観客熱気を捉えた写真。

唯一のドーム型施設である高尺スカイドームは最大2万2000人収容と規模が小さく、さらに冬季の使用に限定されるという制約があります。これに対し、日本は東京ドーム、京セラドーム、みずほPayPayドーム福岡など、3万席以上の多目的会場を5カ所以上、1万席以上の施設は40カ所以上も保有しています。韓国音楽公演産業協会は、このような状況を打開するため、2024年末にソウル市に対して「公演場不足対策」を求める署名運動を実施するなど、業界からの危機感は高まっています。

K-POP観光資源の「商業化」における外国プラットフォームの台頭

K-POPが持つ巨大な観光資源としての価値は、主に外国のプラットフォームによって商品化されている現状があります。例えば、民泊サービスのAirbnbは、SEVENTEENのデビュー10周年に合わせて韓国でファン向け体験型コンテンツを展開しました。宿泊に加え、ミュージックビデオ撮影地のツアーや録音スタジオ訪問などを組み合わせたパッケージを企画し、国内外のK-POPファンを誘致しています。

また、旅行予約サイトのTrip.comは、G-DRAGONのコンサートやIUの海外公演に合わせて、航空券、ホテル、チケットを統合したパッケージ商品を販売しています。これは、ファンの移動動線全体を商業化するビジネスモデルを構築し、K-POPイベントを起点とした旅行需要を積極的に取り込む戦略です。韓国国内の旅行プラットフォームも一部同様の取り組みを開始してはいますが、依然として外国勢に比べて後れを取っているのが実情です。

K-POPがもたらす巨大な経済波及効果とその損失

大規模公演がもたらす経済波及効果は計り知れません。韓国文化観光研究院は、世界的な歌手テイラー・スウィフトのツアーが1カ国あたりにもたらす経済効果を1500億ウォン(約160億円)と推計しています。韓国政府も、BTSの「MAP OF THE SOUL」ワールドツアーがもし実現していれば、総額4兆ウォン(約4300億円)もの経済効果が見込まれていたと公表しています。

こうしたK-POPの観光資源としての巨大な価値が、その本拠地である韓国国内で十分に活用されていない点に対し、業界からは強い懸念の声が上がっています。インスパイヤエンターテインメントのイ・ヒョンミョン氏は、「K-POPは単なるコンサートではなく、K-ビューティーやグッズ、ブランドコラボ、知的財産(IP)商品などを派生させる総合コンテンツだ。施設不足は観光産業の基盤を損ねるだけでなく、グローバル市場における主導権を海外に奪われかねない」と警鐘を鳴らしています。

韓国政府の認識と今後の対策

韓国文化体育観光省も、「K-POP公演の需要は高まっているが、施設の供給が追いついていないのは事実」と現状を認めています。イ・ジェミョン(李在明)大統領の公約にも公演場建設が含まれており、現在、地方自治体との協力を通じて改善策を検討中であると説明しています。K-POPが持つ「ソフトパワー」を最大限に活かし、その経済的恩恵を本国に還元するためには、単なる施設建設に留まらない、多角的な戦略が求められています。

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