かつて、多くの少年が「将来の夢」として警察官を挙げた時代があった。街の平和を守る正義の味方であり、身近な存在である交番のお巡りさん、そしてテレビドラマで活躍する刑事たちの姿は、子どもたちの憧れの的だった。しかし、近年、全国の警察官採用において、その状況は厳しさを増している。警察官を志望する若者の数が減少し、採用の現場では深刻な課題が浮上しているのだ。
警察官採用試験の現状とデータ
時事通信社が全国の都道府県警から集計したデータによると、高校卒業者と大学卒業者を対象とした警察官採用試験の受験者数は、2021年度の6万2900人から2023年度には4万8300人へと、わずか2年間で約23%も減少したことが明らかになった。2023年度の採用予定者数合計8200人に対し、都道府県警は約1万1000人の内定を出したものの、そのうち3割が辞退し、実際に採用できたのは約7300人にとどまっている。この結果、47都道府県の警察本部のうち、実に31本部で「定員割れ」という事態に陥っている。これは単なる人口減少以上の「警察官離れ」が進んでいることを示唆している。
深刻な志望者減少の多層的な要因
警察官の志望者数減少の背景には、複数の複雑な要因が絡み合っている。まず、日本の社会全体で進む少子化の影響は避けられない。就職適齢期の若年人口そのものが大きく減少しているため、警察官を志望する絶対数が減るのは自然な流れである。
さらに、近年、人手不足が深刻化している民間企業との人材獲得競争も大きな要因となっている。警察官に限らず、地方公務員全体で志望者数が大幅に減少しており、魅力的な待遇や柔軟な働き方を提示する民間企業に若者が流れている側面がある。
そして、若者が警察官という職業を敬遠する大きな理由の一つに「イメージ」の問題が挙げられる。多くの若者は、「警察官はマッチョで筋肉隆々、体力に自信のある人しか通用しない」という固定観念を抱いている。確かに体育会系の運動部出身者などは警察官や消防士といった職業を目指す傾向が強いが、一般の学生の間では「体力勝負」の職場を忌避し、「体力に自信がない」ことを理由に警察官への道を諦めるケースが少なくない。最近の若者全般に見られる、肉体的な負担を伴う仕事を敬遠する傾向も、この「警察官離れ」に拍車をかけている。
治安維持への影響と警察庁の対応
警察の警備や捜査の現場では、事件対応や防犯活動など、どうしても「人海戦術」を必要とする場面が多い。警察官採用の定員割れが続けば、いずれは現場の人員配置に深刻なしわ寄せが生じ、結果として国民の治安維持に影響が出かねないとの懸念が高まっている。
この危機的状況に対し、警察庁も対策に乗り出している。今年5月、全国の採用担当幹部を集めた会議で、楠芳伸警察庁長官は「情勢は極めて厳しい。あまりアプローチしてこなかった中高生にも情報発信し、採用活動の抜本的強化を図られたい」と訓示した。これは、従来の採用戦略を見直し、より広範な層への働きかけを強化する必要があるという認識の表れである。
就任会見に臨む楠芳伸警察庁長官。警察官志望者の減少という厳しい現状に対し、採用活動の抜本的強化を訓示する場面。
結論
日本の治安を支える警察官の志願者減少は、少子化という構造的な問題に加え、民間企業との人材競争、そして「体力偏重」というイメージの誤解など、複合的な要因が絡み合う深刻な社会課題である。この「警察官離れ」が続けば、将来的に治安維持に支障をきたす可能性も否定できない。警察庁が示すように、今後はいかにして若者にとって警察官という職業の魅力を再構築し、多様な人材がその門を叩きたくなるような採用戦略を「抜本的に強化」できるかが、極めて重要な課題となるだろう。
参考文献: