信頼の象徴である警察官が、その立場を悪用して犯罪に手を染める事件が相次ぎ、市民社会に大きな衝撃を与えています。中でも、東京都民の安全を守る警視庁のエリート部署、捜査一課の幹部が火災現場で繰り返し窃盗を働いていたという事実は、「まさか」の一言に尽きるでしょう。本記事では、この前代未聞の事態の詳細と、背景に潜む構造的な問題に深く迫ります。
警視庁を震撼させた「火災捜査の専門家」の犯行実態
7月25日、警視庁は異例の発表を行いました。窃盗罪で逮捕・起訴され、懲戒免職処分となったのは、警視庁捜査一課の元警部・政野亮二被告(51)です。彼は長年「火災犯捜査係」に在籍し、火災捜査の専門家として、さらには技能指導官も務めるほどの腕利きでした。
政野亮二被告(51歳)。警視庁捜査一課の元警部で、火事場泥棒を繰り返し約900万円を窃盗した容疑者。
「火災捜査のプロ」として現場を指揮すべき人物が、裏では卑劣な犯行を繰り返していました。昨年1月に東京・赤坂の火災現場から約290万円を盗んだのを皮切りに、今年2月までに計8件の火災現場で、総額約900万円もの現金を窃取していたのです。被害に遭ったのはいずれも一人暮らしの住宅で、タンスなどから密かに金品を持ち出していたと報じられています。政野被告は動機について、「経済的な将来への不安があり盗んでしまった」「最初は罪悪感があったが、感覚が麻痺していった」と供述しているとのことです。
止まらない警察官による窃盗事件:背景に潜む経済的・組織的課題
政野元警部による火事場泥棒事件は氷山の一角に過ぎません。今年に入り、警視庁では業務中の警察官による窃盗事件が相次いで発覚しています。3月には、変死通報で駆け付けたアパートから約3000万円もの現金を盗んだとして蒲田署の巡査部長(45)が逮捕されました。また、新宿署の巡査部長(43)が搬送された患者の所持品から16万円を、高尾署の巡査(32)が訪問先の高齢女性宅で2万円を盗むなど、階級や経験を問わず警察官の不祥事が後を絶ちません。これらの事件の全てにおいて、当該警察官は懲戒免職となっています。
相次ぐ警察官の不祥事を受け、信頼回復が問われる警視庁の警察車両。
公務員、特に高い倫理観が求められる警察官がなぜこのような醜行に走るのか。社会部記者は首を傾げます。「東京都の公安職である警視庁の警察官は、手当も厚く、元警部の年齢と階級であれば年収1000万円を下ることはないはずだ」と指摘します。しかし、政野被告は同僚に対し「物価高」を嘆き、仕事上の付き合いによる飲み会など出費がかさみ、盗んだ金をそうした支出に充てていたと語っています。
警視庁のベテラン捜査員からは、組織の内情も垣間見えます。「昔は業者からの付け届けや捜査費のやりくりで賄えたが、コンプライアンスが厳しくなった今は業務上の付き合いでも持ち出しが増える一方だ」という声は、現代の警察官が直面する経済的・組織的プレッシャーを示唆しています。また、「持ち家信仰の根強い組織で信頼を得たいと、高額な住宅ローンに苦しむ職員も少なくない」という証言は、見えざる形で職員の懐を圧迫している実態を浮き彫りにします。
まとめ:失われた信頼と再発防止への課題
政野元警部の火事場泥棒事件をはじめとする一連の警察官による窃盗事件は、国民の警察組織に対する信頼を大きく揺るがすものです。特に、犯罪捜査の最前線に立つべき人物が自ら犯罪者となった事実は、組織の根幹を蝕む深刻な問題と言えるでしょう。
警視庁は、今後は火災現場に上司が同行し部下を監視するなど、再発防止策の徹底を掲げています。しかし、個人の倫理観の欠如だけでなく、物価高騰や組織内の経済的・精神的プレッシャーといった複雑な要因が絡み合っている可能性も指摘されており、表面的な対策に留まらない抜本的な解決策が求められます。記録的猛暑が続く中、市民の安全と安心を守るべき警察官の懐事情は、依然として厳しい状況にあるようです。
参考文献
- 「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年8月7日号