2007年9月、ミャンマーの最大都市ヤンゴンで民主化デモを取材中に軍に銃撃され、命を落とした日本人ジャーナリスト、長井健司さん(享年50)。銃撃時も手放さなかったビデオカメラと、そこに収められていたテープが遺族の元に返還されたのは、事件から約16年後の2023年4月のことでした。
16年ぶりに返還されたビデオカメラ
長井さんが所属していたAPF通信社が検証した結果、カメラの製造番号は同社が把握しているものと一致し、間違いなく「長井さんのもの」と裏付けられました。しかし、テープを確認すると、長井さんが銃撃された直後の映像は含まれておらず、代わりに長井さんとはまったく関係のない真っ黒な画面が上書きされていたのです。
テープは警視庁科学捜査研究所や警察庁科学警察研究所などで分析されましたが、銃撃犯の特定に至る事実は見つからず、新たな発見もありませんでした。そこでAPF通信社は、テープ製造元や音響解析専門の「日本音響研究所」などに協力を要請。テープに残された映像や音声を詳しく分析しました。
〝最期の言葉〟の特定とその意味
日本音響研究所の最新の音声分析により、ノイズに阻まれ不明瞭だった長井さんの〝最期の言葉〟が特定されたと、APF通信社の山路徹代表らが9月24日に東京都内で記者会見を開き報告しました。
カメラに収められていた60分テープのうち、映像と音声が記録されていたのは6分40秒間。その内訳は、長井さん本人が撮影した部分が5分7秒で、残りの1分33秒は長井さんの死後、何者かが上書きした映像でした。テープの記録は、長井さんが銃撃される6秒前で突然途切れていました。山路代表は「長井さんが最後、命と引き換えに記録して皆さんに伝えたかったのはどんな映像だったのか。自分たちとしては、これをとにかく知りたかった」と語っています。
音声解析の結果、記録されていた長井さんの最期の言葉は日本語で「とりあえず、戻ろう」でした。映像ではこの言葉の直前に少年が長井さんのほうに駆け寄ってくるシーンがあり、この言葉はその少年に向かって発せられた可能性が高いとされています。山路代表は「おそらく彼の性格からすると、手を引くとかして、駆け寄ってきた少年を助ける。映像(撮影)はもう抜きにしたんじゃないか」と推測しています。
消された「決定的瞬間」と映像復元の呼びかけ
さらに、黒い映像の部分で波形が異なっていたことも判明。同通信社の針谷勉さんは、「長井さんのカメラは決定的瞬間を捉えていた可能性がきわめて高く、その映像が何者かによって消されたと考えざるを得ません」と述べ、銃撃犯の顔や姿が記録されていたからこそ映像が「消された」可能性を指摘しました。
APF通信社の山路徹代表と日本音響研究所の鈴木創所長が記者会見を行う様子
黒い映像が上書きされた「決定的瞬間」の復元が試みられましたが、メーカーや専門家は「技術的に困難」として実現には至っていません。山路代表らは会見の最後に、「長井さんが最期に何を伝えたかったのかをどうしても明らかにしたい」として、専門家に対し映像復元への協力を呼びかけました。真相究明に向けた彼らの努力は続いています。




