東京大学医学部附属病院の整形外科准教授が、医療機器選定における権限を背景に日本エム・ディ・エム(JMDM)社の元営業所長から約70万円を受領した収賄容疑で警視庁に逮捕されたことは、社会に大きな衝撃を与えています。これを受け、藤井輝夫・東京大学総長は「医学系研究科・医学部・医学部附属病院の組織体制や運営にどのような問題があるのかを明らかにし、その根本的な解決を図り、健全かつ持続可能な病院等の運営を実現します」とのメッセージを発表しました。しかし、この種の不祥事は今回に始まったことではありません。近年、東京大学医学部および附属病院では、臨床と研究の両分野で相次ぐ問題が浮上しており、そのレベルの低下と倫理観の欠如が懸念されています。本稿では、これらの不祥事の実態とその背景にある構造的な問題を深く掘り下げます。
臨床と研究の両分野で相次ぐ東京大学医学部附属病院の不祥事
隠蔽された「マイトラクリップ」医療事故とその波紋
医療機器メーカーが関わる不祥事は、今回の収賄事件が初めてではありません。2018年9月には、新型カテーテル「マイトラクリップ」を用いた治療中に重大な医療事故が発生しました。僧帽弁逆流による重度の心不全を患っていた患者がこの治療を受けたものの、術後16日目に血気胸を起こし死亡したのです。マイトラクリップは前年に販売開始されたばかりの新しい医療機器であり、厚生労働省は使用対象を「左室駆出率30%以上」の患者に限定して承認していました。しかし、この患者の駆出率は17%と明らかに適応外であり、本来使用すべきではなかったとされています。結果的に、基準を逸脱した治療が、患者の命を奪う結果となりました。
現場では、患者の望みに応じて基準を超えた治療が行われることもあるかもしれませんが、いかなる経緯であっても、治療の結果が悪ければ、経過を正直に家族に説明する責任があります。ところが、主治医は死亡診断書で「病死・自然死」にチェックを入れ、「手術」の欄は「無」と記載しました。さらに、日本医療安全調査機構への報告も行われず、これは常識的に見て異常な対応でした。その後、この事件を『選択』と「ワセダクロニクル(現Tansa)」が報じ、参議院厚生労働委員会で「完全な隠蔽」と批判される事態に発展しました。これを受けて厚労省と東京都福祉保健局が東大病院に立ち入り調査を実施。当初、東大病院は報道を「断片的な情報に基づく乖離」と反論しましたが、内部告発が報じられた後、日本医療安全調査機構に死亡事例を報告し、死亡診断書の記載ミスを事実上認める形となりました。しかし、関係者が責任を問われたり処分されたりすることはありませんでした。
小室一成教授の過去と現在の問題
このマイトラクリップ医療事故の責任者であった循環器内科の小室一成教授は、過去にも不正を指摘されています。2014年、小室教授が千葉大学在籍中に主導したノバルティスファーマ社の降圧剤「ディオバン」の臨床研究において、データ改竄の疑いが浮上しました。千葉大学の報告書では、収縮期・拡張期血圧の約45%に誤りがあったとされ、日本高血圧学会は論文を撤回する事態に至りました。この際、東大にも処分が求められましたが、東大は動きませんでした。小室教授は2023年3月に定年で東大を退官し、現在は国際医療福祉大の副学長を務めています。
小室教授が2020年から2022年の間に製薬企業から講師謝金などの名目で個人的に受け取った額は3794万円にも上ると報じられています。3年間で279回もの製薬企業の業務をこなしており、このような多忙な状況下で教室員を十分に指導できるとは考えにくいでしょう。このようなトップの姿勢が、マイトラクリップ事件やディオバン事件といった一連の不祥事に影響した可能性は極めて大きいと考えられます。
信頼回復に向けた課題と展望
東京大学医学部および附属病院で相次いで発覚した収賄、医療事故の隠蔽、データ改竄といった不祥事は、組織全体の倫理観とガバナンスの深刻な問題を浮き彫りにしています。藤井総長の「膿を出し切る」という意向は重要であり、この機に徹底した調査と構造改革が求められます。単なる個人への責任追及に留まらず、組織文化、意思決定プロセス、そして外部からのチェック体制の見直しが不可欠です。透明性の向上と説明責任の徹底なくしては、国民の信頼を回復し、健全な医療と研究を継続することは困難であると言えるでしょう。
参考文献:
- Yahoo!ニュース: 東京大学医学部附属病院の不祥事に関する報道 (2025年12月4日)




