中東地域では、イスラエルによるガザでの行動やイランへの攻撃が続き、既存の国際秩序を根底から揺るがしています。自衛の名の下に行われるこれらの軍事行動に対し、G7諸国が沈黙、あるいは擁護する姿勢を見せることは、これまで欧米が提唱してきた「法の支配」や「民主主義」といった理念の自己崩壊を露呈させていると言えるでしょう。このような激動の国際情勢の中、日本はどのような道を歩むべきなのでしょうか。本稿では、アメリカ政治研究者の三牧聖子氏と哲学者の李舜志氏の対話を通じて、現在の世界が直面する課題、特にG7の欺瞞性と民主主義の「脱欧米化」について深く掘り下げます。
「法の支配」を失ったG7:イスラエル擁護の欺瞞
最近カナダで開催されたG7サミットでは、トランプ大統領の途中帰国が注目を集めましたが、それ以上に問題視されたのは、G7という枠組み自体の欺瞞性でした。イスラエルはイランへの攻撃を「存亡の危機を打開するための先制攻撃」と位置付けましたが、これは国際法上許されない「予防攻撃」と見なすべきです。国際法では、他国からの攻撃の脅威に直ちに直面している場合の「先制攻撃」は議論の余地があるものの、「将来的な脅威」を理由にした「予防攻撃」は認められていません。
しかし、イスラエルによる攻撃直後のG7サミットでは、こうした法的な議論は一切行われませんでした。共同声明ではイスラエルを批判することなく、イランの核開発の脅威を強調し、イスラエルの安全保障上の懸念に正当性を与える内容となりました。さらに、「自衛権」という言葉で法的に擁護できないと知っていたかのように、「イスラエルには自国を守る権利がある」という不可解な表現が用いられました。一方で、イランの当然の自衛権には全く言及されず、イスラエルによるイランの核施設攻撃に対する行動を容認する、極めて不均衡な声明となりました。当初、この攻撃について厳しい言葉で批判していた石破首相(当時)の日本の立場も、この共同声明には全く反映されませんでした。
声明には「双方に自制を求める」という言葉すら盛り込まれず、「法の支配」を理念として掲げてきたG7が、イスラエルのこととなると完全にその声を潜めてしまう欺瞞が再び露呈したのです。ガザにおける人道危機が極限化しても、イスラエルへの武器供与を続け、批判にすら及び腰なG7の姿は、もはや驚くべきことではありませんが、その露骨なイスラエル擁護の姿勢は改めて衝撃を与えました。ウクライナ戦争のように自分たちのフレームワークに収まりやすい問題には「法の支配」を掲げてロシアを批判する一方で、イスラエルがその理念を踏みにじった行動を取っても批判せず、むしろ踏みにじっている側に法的・道義的根拠があるかのような主張をする。これは「法の支配」が欧米にとって都合の良い時にだけ掲げられるものに過ぎないことを如実に示しています。
イスラエルによる攻撃で破壊されたパレスチナ・ガザ地区の街並み
民主主義の「脱欧米化」とテクノロジーが加速する社会分断
戦後の国際秩序を支えてきた「人道主義」や「法の支配」といった欧米主導の理念が、現在、その信頼を失いつつあります。李舜志氏が指摘するように、現在の世界の状況を考える上で、三牧聖子氏が着目した「民主主義の脱欧米化」という問題は喫緊の課題です。
この背景には、AIやSNSといったテクノロジーの進化がもたらす社会の分断も深く関係しています。アメリカのZ世代にはバーニー・サンダース支持者が多い一方で、トランプ支持者も一定数存在します。テクノロジーがリベラルに有利に働くのか不利に働くのかは、一概には言えません。むしろ、情報が錯綜し、個々がフィルターバブルに陥りやすい状況は、社会の対立を深化させる要因となり得ます。
さらに、三牧氏は、最も傷つきやすい弱い人々を守ることを核とすべきフェミニズムが、ガザでの戦争を肯定してしまっている状況にも警鐘を鳴らしています。これは、理念が本来の目的から逸脱し、特定の政治的立場に利用されかねない危険性を示しており、「人道主義」や「法の支配」が特定の勢力によって都合よく解釈・適用される現状と根は同じであると言えるでしょう。
日本が歩むべき道:激動の世界秩序における立ち位置
これまで「法の支配」や「民主主義」を旗印としてきたG7が、イスラエル・イラン紛争においてその理念の適用に一貫性を欠き、信頼性を大きく損なったことは明白です。この「民主主義の脱欧米化」という現象は、戦後の国際秩序が変容期を迎えていることを示唆しています。
私たちは、もはや欧米主導の価値観が絶対的なものではなく、その適用が常に公平ではないという現実を直視しなければなりません。このような激動の国際情勢において、日本はどの道を進むべきかという問いは、これまで以上に重い意味を持つことになります。国際社会が直面する課題に対し、日本が単に既存の枠組みに従うのではなく、普遍的な人道主義と国際法に基づいた、より原則的な立場を確立し、発言力を高めていくことが求められています。これは、激動の国際秩序の中で、日本が真に責任ある国家として立ち位置を確立するための不可欠なプロセスとなるでしょう。
参考文献:
- Yahoo!ニュース. 「G7は死んだ? 『法の支配』を自壊させるイスラエルの『自衛』」, 2024年6月24日. (https://news.yahoo.co.jp/articles/d0605eb51eefeaf8163f60187a2b098df9f62737)